◆放送大学 心理学概論 第8章「臨床心理学」◆

①カウンセリング・心理療法
2.来談者中心療法
 現在の主観的・現象学的世界を重視するもので、C.R.ロジャースの来談者中心療法が代表的
 来談者(クライエント)の過去よりも、いま、ここでの心のあり方に焦点を当てる。
 問題の本質が分かるのはクライエント自身であるから、カウンセリングの主導権はクライエントにあるべきだと考えられている
 ロジャースによれば、カウンセラーがクライエントに対して対等な立場で向かい合い、クライエントに無条件の関心を傾けて、共感的な理解をすれば、特別な助言を与えなくとも、クライエントは自ら問題を解決し、自己実現をする力を持っているという。このような彼の考え方は、人間中心主義とも呼ばれている

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wikipediaより

来談者中心療法(らいだんしゃちゅうしんりょうほう、クライエント中心療法、Client-Centered Therapy)は、カール・ロジャーズとその共同研究者たちにより提唱され、展開している心理療法の一派。 その名称は、ロジャーズによって、非指示的療法(Non-Directive Counseling)から来談者中心療法、そして人間中心療法(Person Centered Approach)へと、時代を追って改名されている。
ロジャーズは、個人のパーソナリティを、自己概念と経験の一致、不一致から説明。自己概念と経験の不一致が不適応や病理を生み出すと説明した。
これはオットー・ランク(Otto Rank)の意志療法の影響から生まれたもので、ロジャーズは晩年、あるインタビューに答えて「わたしの師はオットー・ランクと、自分のクライエントたちです」と述べている。なお、ロジャーズははじめて心理療法を受診する者を「患者」ではなくクライエントと称した。

この療法のベース「人は誰でも、自らの内部に、自己を成長させ、実現する力を持っている」
カウンセラーの態度、無条件の肯定的関心、共感的理解、自己一致をどう実現するかが重視

<感想>
来談者中心療法における傾聴は私にとって努力して身につけていきたいと思っています。
クライエント自身が自分が問題と思っていることに関して、解決策を持っているが、それに気付けていない。カウンセラーはクライエントに寄り添い、クライエント自身が問題解決していく。


【参考】
wikipedia 来談者中心療法

※心理学勉強中のブログですので、情報不足・信頼性は低いと思います。
この情報をもとにさらにご自分で調べられてください。
もし何か気がついたことがあれば、指摘していただけると嬉しいです。
エリフ・シャファク: フィクション小説の利害
Elif Shafak: The politics of fiction→TEDのページへ GO



【内容】
・何かを取り除きたければ 厚い壁で囲みこんでしまえば 中で消滅してしまう
→誰でも 社会的 文化的な輪の中で 暮らしています でも当たり前だと思っている世界の外と つながりが全くなければ 私たちも 輪の中で枯渇してしまう― 可能性がある
・人間とは共通点がある人と 親しくなる傾向があり 他の集団に対する― ステレオタイプをつくり出す
→このような文化的ゲットーは 物語がもつ力で 乗り越えられる 境界線を取り壊すことはできなくても 精神的な壁に穴をあけ そこから他者を垣間見て 好きになることさえできる
・物語がただの物語以上に見られると その魔法を失う
・アイデンティティ政治が 影響を及ぼすのかという点にも 目を向けるべき
・現代の文化的ゲットーが抱える問題は 知識の欠如ではありません お互いに関する知識は十分にもっています でも 私たち自身を超えられない知識は エリート主義者をつくりだし 切り離されていく
私は人生を 動くコンパスに 例えるのが好きです 片方の脚を一か所に置きながら もう片方が円を描き 常に動いている姿
・文学とは必ずしも私たちの本質や 知識やアイデンティティに 関するものではありません 若者や我々自身に教えるべきことは 心を広げて 私たちが感じることを 書いていくことです 文化的ゲットーから抜け出し 他の世界を見るべき

【感想】
人生を動くコンパスに例える考え方に共感が出来る。
日本人というアイデンティティーを核にして、想像力を働かせて、いろいろな円を書いていく。
でも、その円を書いてしまって、そこから何も繋がりを持たなければ、その円の中で消滅してしまう。それは、いつまでも過去の自分にこだわることなく、一度円で囲んでしまって、自分のなかで決着や評価をつけることでになり、それは自分の肥しとなって、次に生きてくるのだと思った。
持っている知識を十分に使い切らないうちに、これも足りない、あれも足りないと足りないことに目が向いて、円を途中まで書いては、次の円を書こうとして、いつまでも丸で囲んでいないのかもしれない。
自分自身と向き合って、途中まで書いている円を描き切ってみることにトライしてみようと思う。なんとなく、とても難しいことだと思える。

【English practice】
This video introduce us important of the fiction.
If our imagination might shrink or our hearts might dwindle, our humanness might wither.


【English Learning Point】
"Now one other thing happened around this same time."
「この時期 生活に変化が訪れました」
◆放送大学 心理学概論 第8章「臨床心理学」◆

①カウンセリング・心理療法
1.精神力動的アプローチ
 過去から現在に至る過程を重視するもの S,フロイトの精神分析学を創始とする
 心の構造をエス(イド)、自我、超自我という3つの層から成り立つと考える
 これらの3つの心の層の関係性を力動的にとらえることによって、その人の性格(パーソナリティ)や精神疾患を理解しようとする
 3者の関係性はその人の育成歴の中で形成されたものと考えられるため、このアプローチのカウンセリングでは、過去(特に幼少時)の生活に焦点があてられる
 
エス:原初的、本能的な欲動の源泉であり、ひたすら快を追求する快楽原則に従って機能している。無意識の深いところにそんないするため、エスの欲動を我々は直接的には知り得ないが、その欲動の中心は性に対するものだとされる
超自我:エスの対極にある。超自我は主に両親のしつけなどによって内在化した文化的な価値基準であり、良心や道徳心の源泉
自我:エスと超自我からの要請に対して調整を図る存在。両者の調整をはかりながら、現実世界に適した行動を決定する

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精神分析学は、人間には無意識の過程が存在し、人の行動は無意識によって左右されるという基本的な仮説に基づいている。フロイトは、ヒステリー(現在の解離性障害や身体表現性障害)の治療に当たる中で、人は意識することが苦痛であるような欲望を無意識に抑圧することがあり、それが形を変え神経症の症状などの形で表出されると考えた。そのため、無意識領域に抑圧された葛藤などの内容を自覚し、表面化させて、本人が意識することによって、症状が解消しうるという治療仮説を立てた。
フロイトの晩年においては精神分析はエス―自我―超自我の葛藤による心的構造論という心的理解によって神経症は治されるようになった。この心的構造図式ではうつ病や精神病まで範囲に入り、それらの理解に寄与する事になった。またフロイト自身は晩年に文化や歴史や宗教に対しての心理的理解を深めるようになる。こうして精神分析は人間の心や精神を理解する包括的な心理学として台頭し、様々な近接学問や人文学思想に影響を与える事になった。

<感想>
精神力動的アプローチは幼少時である過去、特に性衝動を中心としたアプローチなのだと思う。
無意識に抑圧してしまった自分の感情と向き合い、抑圧された無意識を意識化することにより治療すること。
自分自身と深く向き合うことで、治療効果が現れるのだと思う


【参考】
wikipedia 精神分析学

※心理学勉強中のブログですので、情報不足・信頼性は低いと思います。
この情報をもとにさらにご自分で調べられてください。
もし何か気がついたことがあれば、指摘していただけると嬉しいです。