ただの、おぼえがき | ちょこの間 choco-no-ma

こんばんは。
少し前から雨が降ってます。







ようやくというか
書きたくなって書いてます。
書きたくなったんだねーワシ。


感情がワケワカメになってて
釜飯にしたらいいんでないか。






父が入院してから
半月ちょっと経ちます。
早いな。





もう口から食べられなくて
点滴うけて静養しています。 

退院後のことはまだ未定。
父の現在の介護度の
区分変更が終わってから。






いま自分がいる場所も
父はきっとわかっていない。





夢みるように夢みるように
穏やかに時間が過ぎている、
だとしたらいいな。




先日、
実家で探し物をしていたら


父の大切な思い出の欠片が
そこかしこにありました。


勝手に触ってごめんよーって
病室の父にあやまりながら。


土足で踏み込まないよう
探しているものだけに集中して
ホンマにごめんよーって。


親子であっても
お互いを知っている時間なんて
ほんの一部分なんだなぁ。


あたりまえだけどさ。






毎日過ぎていく時間は
ひとりぼっちで孤独なのかな。





だけど
父の思い出の欠片を目撃して
今わたしが願ってることは。





父に残された静かな時間は

父が思い出をひとつひとつ
好きなだけ時間をかけて
振り返ってくれてたらいいなぁ。





毎朝目が覚めたら
おはよう、ぱぱ。
今日は何歳の頃に戻るの?って
勝手に声をかけてる。





父は不器用で真面目で
気の利いたことは言えない。

だけど
余計なことも言わない。


嫁ぎ先の家族は
父とは正反対の人ばかりで…

要領が良くてずるがしこくて
損得勘定が優れていた。


気の利いたことは
言えないかもしれないけど

余計なことを言わない、
そんな父の娘でよかったよ。





ね、ほんとうはもっと
なかよし父娘になれてた。

今はわかるよ、
父から愛されていたことが。


だけどねー
母がああいう人だから。
仕方なかったよね、
タラレバは辛いからやめよ。





わたしは母の影響で
いちど生きる気力をなくして

何年もかけて生き直して
今こうしてここにいられる。

母は手に負えません(棒読み)
今も毎日大変です(超棒読み)
父のこともわかってません。

貴女、面倒をみられないのに
貴女が家族の介助を拒否して
衰弱させてしまったんですよー
わかってますか(スーパー棒読み)

口に出しては言わないけど。
今はだいぶ消化してるけど。
口惜しくて悲しくて泣いた。
誰も悪くないってわかってる。





明日は母の
認定調査員さんが来てくれます。
どうかどうか
この流れに乗せてください。

周囲の人たちの提案や
フォローのお陰で
サクサクここまで進んで
後は本人次第なんです!
言うこと聞かないからね。




わたしももう限界寸前。
父のことと母のことと
ひとりで両方は出来ませぬ。




母の性格と認知症の言動に
毎日神経をすり減らして
心が壊れて痩せていっても

母のことを最後まで
大事にしていた父…




わたしはただ
ずっと辛抱し続けてきて
傷ついた父を守りたかったよ。

わたしのこの思いも
何度伝えたことでしょうか。

自分が楽になることは
妻を見捨てることになる、

父は真面目だから
そんな思考になってたみたい。
もう仕方ないね…。




誰からも邪魔されずに
静かにゆっくり好きなだけ
自分の時間を取り戻してね!





いてくれるだけでいいから、
少しでも長く…ね。
あいしてる。






マンゴーのった台湾カステラ
一緒に食べよ