
自分の「一部」を否定して、
「残り」を愛することは可能でしょうか?
『生命(いのち)は一つの全体』であり、
生命が感じるのはバイブレーションだけです。
『生命に「部分」はない』のです。
なので、それが「一部の否定」なのか、
「全否定」なのかは分かりません。
《一部の否定は全部の否定に繋がりかねない》
ということですね。
例えば、
自分の病気やネガティブと思える感情、
または欠点や弱点を
否定したり、闘ったりするとき、
生命は「委縮」して
本来の力を発揮できなくなります。
基本的に言って、
私たちが発し体に伝えるメッセージは、
「自分の存在を丸ごと愛しているか」
「自分を丸ごと否定しているか」
また、
「自分の中に闘い(混乱)があるのか」
「いまここでくつろいでいるのか」
「二つに一つ」なのです。
まずは自分の「闇(病み)」も含めて、
丸ごとの自分に
「イエス!」と言ってあげたいですね。
いまの自分に
「ノー!」と言っている限りは、
どこにも進んで行きようがありません。
丸ごとの自分を「受容」してから
アクセルを踏む。
アクセルとブレーキを同時に踏んでいるとしたら、
だれもがただ疲れてしまうだけですね。^^
もし疲れが取れないなら、
そんなところに原因があるのかもしれませんね。^^