母の退院が決まり、先週は、2泊3日で地元へ帰っていました。
天国と地獄シリーズもこれで終了か?
ちょっといろいろ綴ります。

3月20日(祝)
実家の片付け&お墓参りのため、地元へ。

駅近くにあるベーカリーで、ランチを食べられたよな?と向かうと、なんと移転していました。
うーん、困った、中華の気分じゃないので、駅の周りをぐるっと見て見つけた喫茶店へ。

昔ながらの喫茶店だったので、ここはやっぱりナポリタンでしょう!


ランチの後は、おばぁのお墓参りへ。

今年中には、墓終いをするので、いつまでお墓参りへ行けるかな。


お墓参りを終え、実家へ向かおうとバスの時刻表を見てみると、祝日の昼間は、バスがあまり運行していないみたい。

そんな訳で、ウォーキングがてら、かなり距離があるけど、実家まで歩いて行くことに。


あら!なんと横断歩道を渡ろうとしたら、兄の車が私の渡ろうとする横断歩道の前で停まった!

ラッキー!とそのまま兄の車に乗り、実家へ。


父と母の最後のお見舞いへ。

最終日も、相変わらず言葉少なめにお手当を終え、みんなでリハビリ。

この日の父は、母のことを気にしていたのか、ただ自分のペースだっただけなのか。

この2人が並んで歩くリハビリ風景を見られなくなるのは、嬉しいけど、ちょっと寂しいかも。


さあさあ、私のお掃除本舗の仕事もいよいよクライマックス?!

お見舞いの後は、母の部屋の片付け。


こちらも、もちろんのこと、汚部屋でございます。

片付けとは、つまりは、捨てること。。。

ゴミ袋を片手に、ガンガンゴミ袋に入れていきます。

とはいえ、母の服は、本人の意向を確認しないと捨てられないので、一旦、透明な袋にまとめて入れておきました。



3月21日(金)

母の退院の日。

早朝に少し仕事をしてから、父と病院へ。


いつもお見舞いは午後ですが、入院費用支払いなどがあるため、退院手続きは午前中。

ちょうど通院で来ている患者さまと時間が重なった為、駐車場が激混み。

車はいつも父が運転していたのですが、「車庫入れしようか?」と申し出ると、「お願いしようかな」と父。


やっと見つけた駐車スペース、後ろから車来ちゃってる!

速攻助手席を降りて、運転席に移動し、チャチャっと駐車。

1発で車庫入れを決めたら、「俺より、うまいな」と。

もうね、毎回、教習所の教官ばりにうるさい父ですが、これで立場逆転?!


母の退院手続きを終えると、父が車の鍵を私に手渡し、「運転してもらおうかな」と。

おそらく、最近、運転に自信がないんだろうなぁ。

そりゃ、86歳ですからね。

確かに、これまで助手席に乗っていて、時々、ドキッとすることもありましたから。


「麺が食べたい!」という母のリクエストで、昼食は、母の同級生のお蕎麦屋さんへ。


病院では麺は出ないらしく、麺が恋しかったそう。

母は、温かいお蕎麦と冷たいお蕎麦を悩み、結果、両方頼んでいました。

ずっと食べていなかったから、どっちも食べたかったのね。

母の冷たいお蕎麦は、ほぼ私と父で半分ずつ食べました。

確かに、お蕎麦屋さんで何を頼むかは悩みますよね。

私はどんな時も冷たいお蕎麦一択ですが・・・


昼食の後、実家へ父と母を送り、私は友人宅で在宅勤務。

在宅勤務した後、再び、実家へ戻り、父の車を借りて、ファッションセンターしまむらへ。

今回の入院で、母は、13kg痩せました。

さすがにパンツなどはずり落ちてきちゃうほどに。

そんな訳で、当面履くためのパンツを買いに行ったのです。


自宅へ戻ると、ご近所さんが、母の退院のお祝いにとお赤飯を作ってくれたそうです。


昔ながらのご近所付き合い、いろいろありそうだけど、こういう時は、ありがたいですね。

たくさんいただいたので、今回も泊めてもらっている友人へもお裾分け。


夕飯はどうしようかな?と思っていたら、なんと!なんと!父が焼肉用のお肉をフライパンで焼いてくれ、しかも、「ビールも飲んで行けば?」と、まさかのお誘い!!


わぁー!!

いつも塩対応気味の父ですが、母の退院が相当嬉しかったんだろうな。

そして、おそらく、私が母のためにと、文句を言いながらも、汚い実家の片付けをいろいろしたことを認めてくれたんじゃないかなと思います。


「いろいろお疲れ様」だって。

そして、「もう1本飲めば?」と父。


『どうした?何があった?』

ビックリしつつ、ありがたくもう1本いただき、友人宅で飲むことに。

父にお酒を勧められることなんて、なかなかないので、父にもらった記念のビールの写真を載せておきます。



3月22日(土)

朝から実家の片付け。


学生時代にバスケットボールをしていた母は、私よりも背が高かく、がっちり体型。

今回、母の体重が13kgも落ちたということは、それだけ体力も落ちてしまっているってことなんですが、今回、すごく痩せたことで良かったことがありました。

それは、心置きなく、服を処分できるようになったこと。


トップスは着れますが、ボトムスはほぼずり落ちる。

という訳で、母の服、ゴミ袋10袋ほど、処分しました。

父よ、頑張って、ゴミステーションへ持って行ってね!←ゴミ袋を運ぶことは、父の仕事。


そんな中、母が今回思い切って、捨てようとした服がありました。

それが、こちら。

ちょうど60年前、母が初めての冬のボーナスでテーラーであつらえたスーツ。


1964年に高校の教員になった母。

当時、身長166cmで横幅もあった母には、既製品では合うものがなかったのだそう。
お気に入りの色の、ベルベッド生地を買い、仕立ててもらったこのスーツ。
被服科の同僚にも褒められたとか。

母のエピソードを聞いてしまったら、「捨てて!」とは言えなくなり、思い切って捨てようとした母を私が止めました。
1年着ないものは、もう着ないと言い続けていた私ですが、捨てちゃいけない、捨てなくていいものってあると思います。
たとえ、着られなくても、着なくても、これは、残すべきもの。

見たところ、ちょっとした汚れはあるけれど、私が着られるかもしれない!と思い、持ち帰ってきました。
ご近所に、本格的な仕立て屋さん(仲違いしたお直し屋さんではなく)を見つけたので、近々、相談に行ってみようと思っています。

母が好きな色だという、このスーツ。
あら?!おばぁの外套と色合いが合うかも。

おばぁの外套もお直して、今も、持っています。

ほとんど着ていませんが。。。


母のお洋服の処分が終わった後は、母と兄と開店寿司屋さんへ。

私だけ、黄色のエナジードリンク(生ビール)をいただき、みんなで、好きなものを堪能しました。

午後も片付けがあるので、エナジードリンクは1杯のみに。


この日は、初めての訪問看護の日。

なんでも病院との契約だそう。

老々介護の為、契約者は母だけど、兄が代理人になるみたい。


父は、頑張って母のお手当をしてきたので、ちょっと不服そうでしたが、娘としては、ホッとしました。


毎日来て下さり、主に、母の足のお手当をして下さるようですが、お薬の管理もしていただけるそうなので、お願いすることにしました。


こちらは、4日分の母の薬。

私が振り分けしましたが、こりゃ多すぎ!

全てを1つの袋に入れてもらう相談をした方が良さそう。


実は、訪問看護があると知り、母の退院前に、母の部屋を片付け始めたのですが、

母は、私に、「玄関先でいいでしょ」と、父に玄関周りの片付けを頼んでいました。

「いやいや、そんな訳ないでしょう!」と私。


母も、父も、家に人をあげられないとの自覚あり?!

まさかの、『利用者が玄関先と言ったら、玄関先でいいんだ!』とのその姿勢に、唖然!


だから、私は、ひっそり、母の部屋や玄関周りを片付け、ちょっと片付いていない家だなぁレベルにしました。

私としては、全く納得いくレベルではないですが、、、どうにかしたら、母も納得した様子。


訪問看護の方がいらしたら、やはりベッドで、血圧測定やお手当されてました。

やはりそうですよね!(老いては子に従いましょうよ・笑)


引き続き、定期的に実家へは行って、ゴミをまとめることはやらないとですね。


訪問看護の方が帰られた後は、母の衣類の収納。

かなり減ったので、空いていた、プラスチックの収納ケースに、春夏もの、秋冬ものと分けてどうにか納めることができました。


服を畳んでしまう!が出来ない人たち。

定位置を決めても、無視!

あ〜こんな家族の中で、片付けられるのは私だけ。


まあ、今後も、継続して、私がやり続けるしかなさそうです(汗)


自宅にやっと帰ってきた土曜日の夜。

やっぱり飲まずにはいられなかった(笑)

ポテチはもう食べないぞと誓い、母が買って持たせてくれた大好きな芽キャベツと牛肉を炒め、さっくり終了!


最近、飲み過ぎているので、ちょっと酒量を減らしたい、今日この頃です。