「英雄の旅」と「アーロと少年」
昨日、家族揃って鑑賞した「アーロと少年」。あまり人氣がないのかロードーショー当日にもかかわらず席には少し余裕があったが、家族やカップルにとどまらず一人で観ても感じる何かがある映画だと思った。というのも、ストーリーの構造が正にシンプルで受け取りやすい「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」だったから。それは、本編の前のショートフィルム、新作短編映画『サンジャイのスーパーチーム』に支えられながらはじまる。神話学者であるJoseph Campbel(ジョゼフ キャンベル)は、数々の神話を研究していくなかで普遍的なストーリー展開があることを発見し、それを「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」と呼んでいる。このストーリー展開は、単に神話としてだけでなく、元型構造として私たちの心の奥底に、もしかすると心理学者のユングが提唱するようにさらに集合的無意識に内在しているのかもしれない。その物語の元型は、「準備段階」~ 「旅(ジャーニー)」~「帰還」と展開する。「準備段階」では、なんらか出来事やハプニングによって、自分自身の発達の可能性を示唆するような課題認知が意識にのぼってくる。それは天命や使命のような導きであるケースもある。と同時に身の回りで起こる渦(縁起)に巻き込まれるようにして、旅(ジャーニー)がはじまる。「旅(ジャーニー)」では、今まで何とかやり過ごしていた安全な領域を超えた体験が連なり、今までのアイデンティティ(自己同一性)が定義していた境界線が揺らぎ、自分自身の殻を脱構築していくと同時に、新しいアイデンティティを構築していくことを導くメンターや啓示的なモノゴトに出会う。それらに導かれ、投影されるデーモン(悪魔)や数々の試練を乗り越え、その潜り抜け体験は、自信と勇氣によって新しいアイデンティティを構築する要素としての経験へと昇華される。過去の自分自身における変化ではなく、新しいアイデンティティへと変容する旅(ジャーニー)だ。その変容を導いたメンターは、旅人の中に新たな観察自己として存在の形を変えていく。そして、「帰還」。旅(ジャーニー)から帰還したそこに在る外的な世界にはたとえ変化がないとしても、旅人の内的な世界観の変容によって、経験の質つまり幸福感や充足感やビジョンの内的体験は変わっている。色即是空な体験だ。ひとつの物語としてはここまでだが、この物語は他の物語のひとつの要素かもしれないし、次の物語の準備段階かもしれない。物語はスパイラルに昇っていく。子供たちも何かを感じ取ってくれたかな。無意識的であれば、なお良いな…