正しさの弊害…もしも、目の前で起きているコトを在りのまま観ることができないのなら、互いの生命を輝かすことができないのなら、その「正しさ」は「過ち」を生む弊害に過ぎない。二元論のモノサシを幾つ振り翳しても、分節化された「正しさ」はその域を出ない。生命は二元論からは決して生まれない。