五輪のゴログ(語録) -44ページ目

人生は登山のよう

「人生は登山のよう」


登山をしている時に必ず思うことである。


山の頂上にいくのに、道はいくらだってある。

頂上しか見ていないと、足元の石や根に足をとられ転ぶ。

逆に足元ばかり見ていると、山の全体像を見ることができず、自分がどこにいるかわからなくなってしまう。

天気も変わりやすい。

ガスってしまって行き先がわからなくなってしまったりもする。

頂上に近づくと景色がよくなる。とたんにほかの山も気になり始める。

あっちの山のほうがいいのかなーって、今いる場所、のぼってきた道を振り返る。

でも、前をむいて登りきる。いろんな山があり、皆同じ山の山頂を目指す必要はない。


まさに人生。


心技体+α

なでしこジャパンが優勝した。

本当に感動した。すばらしいと思う。


私たち日本人には、世界一になれるDNAを持っているのである。

世界一の心技体の潜在能力を兼ね備えているということを証明してくれたと思う。


私たち凡人となでしこたちは、何が違うのか?

それは、心技体+αの部分だと思う。αとは、「知」or「智」である。


私はこれまでも、これから活躍するスポーツ選手には心技体にプラス「知」「智」が必要だと教えてきた。

スポーツができるのだから勉強だってできるはず、(スポーツは最高の知的文化だという自負から)と思ってきた。だから最低限の勉強はやれと。


しかし、今回思ったのは、少し違う。知力と学力ではなく、「知」とは、「考え方」の大切さなのではないかと思ったのである。「考え方」とは、前向きな考え方「ポジティブシンキング」のことである。


なでしこの中には、普通にOLをやりながらプロサッカー選手をしている人がいることを耳にした。凱旋TV出演でも、明日から出勤ですという選手がいた。ほかのトップの国の選手から比べれば恵まれない環境の中で、おそらく誰一人として、そのことを不利に考えていた人はいなかったと思う。そう思った時点で、優勝はありえなかったと思う。どんな環境であってもサッカーができる幸せをかみ締めているからこそ優勝への道が開けたのではないかと思う。


若い人たちもぜひこの前向きな考えを持つ癖をつけてほしい(私を含め・・・)


ある人は言う。「何をするにも、自分にとって「向き」「不向き」とかではなく、自分が「前向き」であるかどうかが問題なのだ」と。


今、運動する者の3極化が進んでいるといわれている。


以前は2極化であった。運動が得意(好き)な者と得意(嫌い)でない者の差が激しいとされてきた。

新たに名を連ねるのが、得意(好き)な運動しかしない者である。


この3番目だけには決してなってほしくない。

この者の特徴としては、(自論ですが)できる種目は積極的に動く、できない種目になると途端に消極的になり、挙句の果てに怪我や体調不良を言い訳にやらないということだってある。やったとしても、「無理だってー」「つまんねー」「やっぱ出来ねー」とかを連発する。できない自分が許せないのか、やる気のない素振りをする。そうすると、できるはずもなく、周りの空気をよりいっそう悪くさせてしまう。(球技などチームプレーの場合)


できない事は大切ですばらしいこと。なぜなら、そうやって人間は進歩・進化してきたんだし、何より「できる」という「可能性」秘めている。「可能性」を秘めている人間こそ、魅力的であるのにその魅力を自分自身で半減させているのはもったいない。


まさに「プライドを捨てるプライドを持て!」である。

かっこ悪い自分をさらけ出し、それを自分で受け止め、周りの目を気にせずがむしゃらにやってほしい。

壁にぶち当たり、そこにたたずんでいるだけでは、何一つできないのである。

あなたがいなければ

勝負に勝敗はつきもの。

勝つものがいれば、負けるものもいる。そう考えると、

勝者は敗者という存在がいてくれなければ、成り立たないということ。


勝者は敗者(戦った相手)に対し敬意を持たなければならない。

勝ったことをけして自慢してはいけない。


逆に敗者にも必要な態度があると思う。

怒りを爆発させることはけしてよくないと思う。言い訳をするなどもよくない。

ものにあたるのもよくない。ましてや自分のプレーを支えくれた道具などに当たるのはもってのほかである。敗戦から、学ぶべきことは、勝ったときよりもはるかに多い。


それを学ばせてくれるのが、勝者という存在なのである。


やはり、お互いが敬意をもち、勝敗の結果に対しきちんと向き合うことが大切なのである。