入院の準備は、病院側から言われる前にできていました。
陣痛がひどく、妻は病院中に響き渡るほど、何度も叫んでいました。
こんなに痛いのに、がんばった後は悲しみしかない…
そうつぶやく妻。私は涙をぬぐいながら腰をさすり続けました。
連絡を受けた妻の母親が到着し、三人で泣きました。
しばらく体の様子を診た先生が、
産まれるまでまだかかるというので、母がついてるから寝てくれと言われ、
心身ともに疲れていた私はお言葉に甘え、病院のまん前にあるビジネスホテルで
休むことにしました。
午前2時半。
幽霊が出そうなホテルに着くと、自販機の酎ハイを4本ほぼ一気飲みして眠りにつきました。
午前4時38分。
電話が鳴り、飛び起きました。
今分娩室入ったから来てくれる?
母からでした。急いで部屋を飛び出し、ホテルのフロントは誰もいないし
出入り口も鍵がかけられていましたが、警報が鳴るのも無視し、
雨の中走って駆けつけました。
立会いははじめから禁止されていたので分娩室の手前の廊下で待ちました。
午前4時59分。
妻の叫び声がやみ、院内は静まりかえりました。
あまりにも静かで、なんの音沙汰もないのでものすごい不安感におそわれました。
15分後、助産婦さんが来て、
今産後の処置をしているので少し待ってください。赤ちゃんは2350グラムで、
どこにも異常は見られません。希望であれば対面できますがどうされますか?
と聞いてきました。
もちろんです、逢わせてください。
わかりました。あと、奥さんですが、出血がひどく意識朦朧としてますので
少し心配です。そのため時間がかかっています。
数分後、妻が出てきました。
白目になってましたが、声をかけるとこちらを見て、大きなため息をつきました。
そのまま病室へ。
しばらくすると看護師さんが、赤ちゃんを連れて来てくれました。
…まるで眠っているようでした。
今にも動き出しそうで…息をしてないなんて嘘のように思えました。
オレにそっくり…
髪もすでにふさふさで…
とってもかわいい…
顔を見ると、それまで抑えていた悲しみが一気に爆発し…
この世はほんとに不公平です。
ただでさえ妻は今までとても苦労してきました。
一桁台の生存率しかない手術も、これを乗り越えたら必ずいいことがあると信じ
乗り越えてきたのに、その先にもこんなことが…
結局死因はわからず、解剖するかどうかの話し合いになり、
悩んだあげく、解剖はしないことにしました。
こういうケースのほとんどは、解剖しても原因はわからないままだそうなので…。
おまけに解剖後は、骨と皮だけの返還になり、
内臓は永久保存になると告げられ、なおさら断る事にしました。
外が明るくなるまで親子3人で過ごしました。