どうもこんばんは。
日にちが空いてしまいましたが
先週の21日の朝、山梨から帰ってきた管理人と海田市駐屯地に行ってきました。
今年は第13旅団創立19周年、海田市駐屯地創設68周年となり
海田市駐屯地における平成最後の大きな創立記念行事。
雲一つ無い快晴で天候にも恵まれ、人出も多くて混雑していましたが
16年前に比べるとその賑わいは増していて、7年前の東日本大震災を皮切りに
4年前の広島土砂災害、そして今年の7月に襲った西日本豪雨でも
海田市駐屯地を初め中国5県に所在する各地の駐屯地から
多くの自衛官が救援・復旧に駆け付け、ご活躍された事から
被災者や地元住民、関係団体の海田市駐屯地への期待と関心
自衛隊に対する信頼や尊敬が人出の数からも窺い知れます。
この自衛隊イベントで実は管理人について一つ良いことがありまして
過去の記憶が抜け落ちいるはずの管理人なのですが、観閲式の車両行進で
「あれは○○に使う装備」
「あっちはこういう場面で役に立つ兵器」
など、16年前のあの時のように自衛隊の装備品についてあれこれ説明してくれたり
「小火器の展示コーナーはちいと前まではお触りOKじゃった」
「酒保(※売店の事)がコンビニのポプラじゃなくなっとる」
など、過去に何度も海田市駐屯地の記念行事に行っている彼しか知り得ない情報を
“過去形での口振り”で語ったり
祝賀飛行で飛来した戦闘機の低空飛行の轟音や模擬戦での激しい銃声と砲撃音に
わたくしも含め、周りの観客のほとんどが怯んだり、耳を塞ぐ中で
彼は3~4mほどの至近距離で戦車や大砲が目の前で発砲しても全く驚く様子もなく
彼は活き活きとした目で模擬戦を観覧していた場面もあり
自衛隊イベントでは管理人の記憶が一部戻っている(?)ように感じられました。
管理人自身はいついつにイベントに来たという具体的な事までは全く思い出せず
「昔、訪れた事があるような気がする」
という曖昧な既視感みたいなものを感じ
何故自分が自衛隊の装備の知識や駐屯地内の売店の場所を知っているのか
彼はやや戸惑う様子も見せましたが
「小学6年の時にあなたは広島に移住してから何度もここに来てるのよ」
「あなたはテッポーや自衛隊のファンで詳しかったじゃない」
と、管理人が過去のイベントで海田市駐屯地に勤務する中学時代の後輩と共に
駐屯地内の喫煙所で一緒に写った写真(25年前)を見せながら説明すると管理人は
「ほうじゃったんか……」
「わしは確かにここに来とるんじゃの……」
と、少しだけ納得したような様子でした。
今回の海田市駐屯地の記念行事へ管理人と一緒にお出掛けして
彼の思い出(興味・関心)に深く残っていそうな場所に連れて行く事による効果と
身体に染み付いた記憶や経験が完全に失われている訳ではない事に“確信”が持て
これならきっと管理人が記憶を取り戻す事が出来るような気がしてきました。
そして、とても小さな事ですが
ついこの前までわたくしを苗字、又は「アンタ」と呼んでいたのが
何かの拍子でわたくしの事を少しだけ思い出したようで
わたくしが子供の頃に彼に付けられた、彼だけがそう呼ぶ“ひよこ”というあだ名を
彼が再びそう呼んでくれた瞬間
振り向いてみると彼の瞳にはわたくしの姿がしっかり映っていて
彼がわたくしの事を“認識”してくれた事がこの日は何よりも嬉しかったです。
彼は自分の事は分からなくても、わたくしの事をほんの少しでも思い出してくれた事
そして再会してからこの日まで、わたくしに対してはほとんど無表情で
怒り以外の感情は見せなかった彼がわたくしに優しく微笑み掛けてくれた事──
これが今のわたくしの希望であり、救いであり、心の支えです。