今日は地元を襲った8.20広島土砂災害からちょうど1年を迎えました。
我が家もあの土砂災害で我が家は半壊し、私自身も土砂災害発生から約12時間の昼に集会所の真後ろで突如発生した土砂崩れに見舞われ、土砂に足を掬われてそのまま流されて下敷きになって怪我をし、しばしの入院を余儀なくされたあの土砂災害からもう1年……早いような短いような、あっという間でした。
幸い、じい様や母親、家族全員は無事で、私も持ち前の頑丈さと回復力、強運(悪運?)もあってこうして命拾いし、半壊した我が家を応急修理して1年近くは不便な生活を強いられましたが、裏山に面した元の我が家から離れた場所にある戦前に建てられた旧宅を惜しみつつ取り壊し、今年の6月末に新築で家を再建して新居に移り住み、一応の平穏を取り戻しました。
しかし、あの土砂災害で我が家のようにこうして住み慣れた土地で家を再建出来た世帯は少数派で、被害が酷かった住宅密集地の地区は未だ更地のままで、1年経った今もこれらの地域は復興が進まず。
災害で家や財産を失い、やむなく故郷を離れて避難生活、移住や転出する世帯も多く現れ、ただでさえジジババばかりの過疎地で人口が少ない地元は隣組(よそで言う“町内会”や“自治会”に相当)の活動も立ちゆかなくなり、コミュニティーの崩壊一歩手前な状態です。
そして砂防ダムの建設も請け負う業者の入札が現れなかったり、そもそもそれらを担う技術者や職人が不足しているコト、そんな状況とあって元の土地で再建するか、立ち退くか、建設反対かで住民の間でも二分三分と意見がパッカリと分かれ、一致団結しなければいけないこの大事な時に地元の間では旧住民と新住民の対立(←災害以前から両者の間で自治の在り方やゴミ出しのルールについて激しく揉めていた)が深まり、揺れているコトから、砂防ダムが新たな火種となっている。
元々自立心が強く、進取の気風があり、過去の原爆被害で辛酸を舐めたという歴史的経緯から逆境や官憲に対する反骨精神が強い広島市民の気質もあり、エキサイトし易く、この混乱や対立はもうしばらく続く気がします。
あの土砂災害で亡くなられた死者76名(災害関連死の高齢者、そして犠牲者のお腹の中にいた胎児も含む)のご冥福を心よりお祈りいたします。
Android携帯からの投稿
追伸…
本日に限り“いいね!”を一時的に受付停止とします。ワケの分からない方や業者から無神経に“いいね!”されても不愉快なだけですので、予防措置として閉じさせていただきます。いつも“いいね!”を下さるアメンバーや読者の皆様、申し訳ありません。