

いやぁ…親戚のおっちゃんたちのあの元気はどこからやってくるんでしょうね…σ(^^;)
特に長崎の親戚筋は皆“のんべぇ”で、用意していた芋があれよあれよとみてて(=無くなって)しまうため、参った参ったw
アルコールが回ったおっちゃんたちの相手は大変…(´・ω・`)
というか、今日は終戦70年の節目──ちょっとシリアスな話題が出るかと思いきや、お下品な下ネタしか出ない…(汗)
~~~~~~~~~~~~~~~~閑話休題~~~~~~~~~~~~~~~

おそらく、戦前~戦中に作られたと思われる、すっかりお馴染み(?)の懐中モーリス。
第二次世界大戦という激動の時代──空襲などの戦火を免れ、戦後の混乱期を経て長年の風雪に耐え、今日まで生き残ってきたこの時計も、明日の命も知れない過酷な戦場で戦った兵隊さん(軍属や義勇兵も含む)、その日その日を生きるのに精一杯だった銃後の国民たちが何とか戦争を生き残り、空襲で焼け野原となった荒れ果てたお国(故郷)をイチから建て直そうと奮起し、しんどい思いをしながらも懸命に働き、今日の豊かな日本、自由に物が言え、苦役を強制されるコトのない平和な時代を作って下さった昔気質の先人たちの姿と重なる部分がある。
この懐中モーリスの元の持ち主はたぶん、既に鬼籍に入られ、この世を去られているかもしれませんが、巡り巡ってこうして私の手元にやってきたのもきっと何かの縁。
元の持ち主はどういった方で、この時計はどのような歴史をを歩んできたのか……それを知る術はありませんが、時計に付いた擦り傷や凹み、メッキの剥げ、文字盤の汚れや傷み…これら一つ一つが名もない“記憶”や“エピソード”があるのかなというコトだけは分かります。
もし、こういった長く生き残ってきた時計にも所謂【付喪神】的な、人の“心”や“魂”みたいなものが宿るとするなら、物が豊かになり、戦争の記憶が風化しつつあるこの現代日本の今の姿を見てどのように感じ、どう思うのでしょうか…。
テンプの振れる音は何時と変わらないですが、私には何となく今日はこの懐中モーリスから「(戦争の)過ちを繰り返すな」「平和の尊さ、今ある幸せの有り難さを忘れちゃいけないよ」──そんなおじいちゃんの“説教”や“忠告” にも似た、声にならない声が聞こえてくるような気がします。
オイラが生きている間──いや、それ以降の代が生きている時代も戦争のない平和な日本が続くコト、そしてこの世から戦争が無くなり、真の平和が訪れるコトを祈りながら、終戦70年の節目という今日という日を終えようと思います。
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