今日一日、父親の墓参りも兼ねてお墓の掃除をしてきました。
命日まで一週間を切りましたので。
せっかく来たのだから先祖の古いお墓8つ(※)も丁寧に一つずつ綺麗に掃除させていただきました。
※墓石の法名(←他の宗派では“戒名”と言うらしい)と実家の古い過去帳、家系図からお墓は戦国時代末期~江戸時代初期、江戸時代中期、幕末~明治時代。残りはひいひいじい様以前の代とひいじい様の代のお墓。一番古いお墓は自分から数えて約17代前(約420年ほど前の戦国時代末期)のご先祖様。
我が家のご先祖様は古くからこの土地に住む一族だったようで、ある程度正確な記録が残っているのは自分から数えて29代くらい前、約650年以上前の室町時代初期のご先祖様で、大江広元の四男、大江季光(毛利季光)を祖とする安芸国毛利氏(後の西国の覇者、毛利元就を輩出した)の親戚(もしくは家臣?縁者?)だったらしい。
※不確かではあるが更に遡って34代前(約730年くらい前の鎌倉時代中期~後期)までの先祖の名前だけは口伝により分かっています。
その証拠に我が家の家紋は毛利氏と同じ“一文字に三つ星”です。
もちろん、出自の真偽のほどは定かじゃありませんが、こうして遠いご先祖様の記録と墓がちゃんと残り、確かにご先祖様はこの地に生きていたんだと思うと胸が熱くなります。
今でこそ我が家は普通の庶民の家庭(※無駄に広いボロい屋敷の持ち家が数件、無駄に広大な農地や借家はあるけど…苦笑)で落ちぶれようとも、お侍さんの血筋、かつての地元の名士で地元の公共事業や福祉事業、貧民救済に携わり、地域の発展に尽力されたひいひいじい様、ひいじい様の子孫としての“誇り”や“栄誉”だけは失わず、自分もそれについては胸を張って生きています。
ご先祖様の代ほどの力もなく、自分に出来るコトに限りはあるけれど、気持ちの面ではご先祖様に負けないよう、踏み越えてやるくらいの勢いで地元広島のため、強いては日本の世のために自分の目や耳に留まる、手の届く範囲内で出来るコトをしていきたいですね。
ハタチの頃までは周囲の人や世間様に散々迷惑をかけ、悪いコトも散々した過去の償い、罪滅ぼしではないですが、今自分に出来る“貢献”をここ10年くらいはやっている“つもり”だけが、自分の中ではまだまだです。
ご先祖様のお墓を掃除し、線香を立てて手を合わせている間、いろいろなコトを考えました。
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