東日本大震災から今日で早3年──もうそんなに経ったのか…。
ついこの前起きた災害と思えてしまうが…時が経つのは早い。
しかし…ニュースや新聞の報道に見る被災地は瓦礫こそかなり撤去されたとはいえ、荒涼とした更地がまだまだ目立ち、復興はなかなか進んでいるように見えない。
もちろん、福島の原発、立ち入り禁止区域の市町村なども然りだ。
仮設住宅や県外への移住などで避難生活が長期化し、被災者(主に小さな子供や高齢者)の肉体的、精神的なストレスも蓄積され、相当な負担を強いられているコトは映像やインタビューでも痛いほど伝わってくる。
オイラの同好の士たち数人もあの震災で津波に遭い、不幸中の幸いにして全員命こそ助かったものの、津波で財産や思い出、街、何もかも流され、見るも無惨に瓦礫の街とか化した故郷の惨状に絶望し、故郷での再建をあきらめ、やむなく県外に移り住んだ方も多い。
翻って見てみよ。
オイラは就職浪人の侘びしい独り身(※母親とじい様と同居してるから厳密には独りじゃないが…苦笑)とはいえ、持ち家や住む土地もある、食べるものや着るものもある、小遣い程度の家賃収入もある。
慣れない仮設住宅や県外の生活を強いられている被災者の方々の苦しい現状に比べればどんだけオイラは恵まれているコトか…。
不幸な人は世の中大勢いて、苦労してるのは自分だけじゃない。
確かに全く被害のなかった広島県在住のオイラが“関係ない”の一言で片付け、被災地を見過ごしたって何の影響も不利益もない。
だけど、もしあの震災が地元で起きていたら、自分が被災者の立場になったら──そう考えた時、決して対岸の火事ではない。
震災の年から数えて最低5年間は被災地に寄付するんだと決めたあの日から今年で4年目。
言い出しっぺの5年間まであと1年だが、被災地の今の様子を映像で見る限りやはりもうちょっと寄付を続けなきゃいけないなと感じた。
あと1年と言わず、3年、5年とか。
こういうのは継続した支援を続けないと意味がないからね。
オイラの生まれ故郷の長崎や父祖の故郷である広島だって原爆で何もかも破壊し尽くされた焼け野原から戦後10年もしないうちにほぼ復興出来たんだから、今の日本の国力や技術を以て資金や人員、資材を重点的に投入すれば10年以内(※原発や放射能汚染は難しいかもしれないが…)復興だってきっと出来るはず。
そのためにも、オイラはこれからも年に2~3回程度だけど少ないながら寄付を続ける。
寄付集めの協力者や額が減っても、1人で続ける。
更地となった東北の街がまた以前のような活気が戻るまで。