前回、思考遊びで出した例題──「人間は必ず死ぬ。私は人間だ。故に私は死ぬ」について。
この理論は普通なら世間一般の常識として“正しい理論”であるというのは前の記事にも書きましたが、あえてこの理論に“間違い”があるならその間違いはなんだろうという話でした。
そこで、ここでは自分が小学生当時に答えた模範解答を載せておく。
まず【人間は必ず死ぬ】という件についてだが、この“人間”という部分がまず引っかかる。
ここでいう“人間”とは自分という人間を指しているのか、はたまた自分以外の人間を指しているのか、解釈によって答えは変わってくる。
確かに、ヒトが死ぬコトは世間の常識として当たり前なコトですが、じゃあ、自分が本当に死ぬかどうかについてはどうだろう?
ヒトが死ぬコトはそのヒトの死ぬ場面を目撃すれば容易に証明出来るコトですが、自分が死ぬコトについては“実際”に自分が死んでみないと【自分の死】というモノの証明にはならない(←もっとも、死んでしまえばそれを自分で確認する術はないが…)。
もしかしたら自分だけ例外的にこのまま死なずに生き続ける可能性だってないとも言えない。
そして、自分たちが知らないだけで、実は死なない人間が実在するかもしれない。
そうなると“人間は必ず死ぬ”という前提が崩れ、この例題に出された理論が成り立たなくなり、“間違った理論”となります。
まぁ、答えとしてこんな感じです。
もちろん、これはあくまで思考遊びにおいての答えであり、普通の人間である(と、思われる)自分もほぼ例外的なくいつか必ず死ぬのは間違いないですし、死なない人間は今のところ確認されていないので、「人は必ず死ぬ」という理論は正しいコトですから誤解無きように。
じゃあ、自分は一体何が言いたかったのか?
それは目の前に見える常識だけに捕らわれず、もっと柔軟な発想でモノを考えようというコトです。
今まで常識だと思っていたモノを別の視点や切り口で見ると、今まで気付かなかった新しい発見や不思議なコト──もしかした夢や空想のような世界や出来事を見つけるコトが出来るかもしれないです。
「そんなモノは有り得ない」「バカげている」と言って切り捨てるのは簡単ですが、無いモノを証明するコトは有るモノを証明するコトより非常に困難であり、それは悪魔の証明だと自分は思うから、無いモノを無いと言って証拠や根拠を何も出さずにただ頭ごなしに否定するコトの方がそれこそ愚かだと思います。
まぁ、自分は勉強こそ苦手で出来ないヤツですが、こういう思考遊びみたいなモノはガキの頃から好きだったから、たまにこうやって1人でぼーっと考えて遊んでます(苦笑)
暇潰しですよ、暇潰し…(´ー`)
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