いや、最近つくづく思ったんですが、何で最近のヒトって持ち物に名前を書かなくなったんだ?
特に未就学児や小学校低学年くらいまでの子供を持つ親に言えるコトなんですが、子供の持ち物に名前を書いてやらないのはどういうコト?
幼稚園や学校などへの配慮や、我が子への気遣いや心遣いが足りないのか、ただ単に親がだらしないだけなのかどうかは知りませんが、持ち物に名前を書かない人間の神経が理解出来ない。
あと、名前は書くけど、隠れて見えないようなところに書くのってどうなの?
そういう書き方をする親ってどういう意図でそんなコトをするワケ?
持ち主の名が見えなきゃ意味がない。
「名前はしっかり見えるところに大きく書きましょう」と、小学校の時に先生から習わなかったのか?
全く理解に苦しむ。
持ち物に名前を書いてやる親はまだマシだけど、子供に自分の持ち物を大事にさせるという教育上の観点からして持ち物に名前を書かない(書かせない)のはやはり良くない。
じゃあ、そういう自分はというと、この歳になっても名前が書けるモノは(小さいモノはボールペン、大きいモノは愛車のジムニーに至るまで)全て名前を書いている。
無くしたら困るモノ(スマホ、カメラ、愛車など)はそれに加えて住所と電話番号もキッチリ書くようにしている。
「小学生じゃあるまいし…」──なんてよく馬鹿にされますが、モノをよく無くしたり落としたり(又はどこにやったか忘れたり…苦笑)する自分としては結構深刻な話で、名前や住所を書いていたおかげで通行人に拾ってもらって手元に帰ってきたコトが過去に何度もあります(※さすがに愛車は無くしたり落としたり忘れたりした試しはないですがw)。
持ち物には必ず名前くらい書くべきなのに、今日日のヒトは何故名前を書かないのか逆に不思議でならない自分です。
「無くしても買い直せばいいや」、「別にそんな高価じゃないし」くらいに考えてるのだろうか?
世の中が豊かになり、物が溢れ返る現代日本──持ち物に名前を書かなくなったのも、物を大事にしなくなった日本人の大量消費、使い捨て精神の表れなのかもしれない。
日本は豊かじゃあるけど、資源に乏しい少資源国であり、海外からの輸入に大きく依存した国である以上、潜在的には非常に脆い経済基盤に成り立った“貧しい国”なのだから、こういう時代だからこそ物は大事にしなきゃいけないコト、資源は有限なんだというコトを子供の頃からちゃんと躾なきゃいけない。
何でも買い換えれば済む、使い捨てな世の中が当たり前になってしまったらもし万が一、日本が非常に貧しくなった時に苦労するのは使い捨てに慣れた世代やその子供たち以外に他ならない。
戦中戦後の頃みたいにボロボロになるまで物を使えとまでは言わないけど、物を買う時、使う時、捨てる時はよく考えるべきだ。
話はずいぶん逸れてしまいましたが、物を大事に使う一環として、【持ち物に名前を書く】という習慣を今一度、見直されてもいいじゃないだろうか?
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