2021年6月20日(日)

 前回書くことの出来なかった訃報を1件(敬称略)。

 

 アメリカの個性派俳優ネッド・ビーティ(13日死去、享年満83歳。上の写真)。

 

 出演作として最初に挙げるのは適当ではないかも知れないが、私がこの俳優を初めて意識して見たのは、映画「スーパーマン」(リチャード・ドナー監督、1978年)で、ジーン・ハックマン演ずるレックス・ルーサーの手下オーティス役である(下の写真左。映画の一部→https://www.youtube.com/watch?v=sweCgwB6z-M)。

 

 

 ヴァレリー・ペリン演ずる怪女イヴを含めどこか間抜けなこの悪党トリオは、2作目の「スーパーマンII 冒険篇」(リチャード・レスター監督、1980年)にも引き続き出演しているが、同じ頃、興行的には大失敗だったらしい(しかし個人的には結構好きな)スティーヴン・スピルバーグのブラック(?)・コメディの「1941」(1979年)に、「ブルース・ブラザース」(1980年)のジョン・ベルーシやダン・エイクロイド、我らが三船敏郎などと共演していたことから、私はこのネッド・ビーティという俳優をすっかりコメディ俳優だと思うようになった。

 

 実のところ、この人の演技はコメディ作品から極めてシリアスな役まで多岐にわたるのだが、その後私がこの人の他の出演作をちゃんと見ることになったのは、どこに出演していたか全く記憶に残っていないロバート・アルトマンの「ナッシュビル」(1975年)やアラン・J・パクラの「大統領の陰謀」(原題:All the President's Men、1976年)を別とすれば、実は韓国に移り住んでからのことだった。

 

 

 だから映画デビュー作で代表作でもあるジョン・ブアマンの「脱出」(Deliverance、1972年。上の写真。映画の一部→https://www.youtube.com/watch?v=wlUcUfHkdYk)にしても、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたシドニー・ルメットの「ネットワーク」(1976年。その一部→https://www.youtube.com/watch?v=35DSdw7dHjs)にしても、あるいはアーサー・ヒラーの「大陸横断超特急」(Silver Streak、1976年)やジョン・ヒューストンの「ロイ・ビーン」(The Life and Times of Judge Roy Bean、1972年)、再びジョン・ブアマン監督と組んだ「エクソシスト2」(Exorcist II: The Heretic、1977年)なども、自分の目で見たのはわずかここ数年のことでしかなく、これまでこの人の演技の幅の広さや奥深さに気付かなかったのも致し方ないところである。

 

 

 他の出演作としてはテレビドラマ版の「マッシュ」(M*A*S*H。1972~83年)や、同じくテレビドラマ「ホミサイド/殺人捜査課」(Homicide: Life on the Street)の記念すべき第1話(映像が左右逆になっているが→https://www.dailymotion.com/video/x6tws8e)、ロバート・アルトマンの「クッキー・フォーチュン」(Cookie's Fortune、1999年)など数多いが、1991年公開の「ヒア・マイ・ソング」(上の写真)ではゴールデングローブ賞助演男優賞にノミネートされ、上記の「脱出」や「ネットワーク」と共に代表作とされているようである(私は未見)。

 

 いつもながら英紙ガーディアンの訃報記事は、

 https://www.theguardian.com/film/2021/jun/14/ned-beatty-obituary

 以下は同紙映画記者のPeter Bradshawによる追悼記事。

 https://www.theguardian.com/film/2021/jun/14/ned-beatty-the-good-ol-boy-who-made-playing-the-ordinary-guy-look-easy

 

 この人の死を悼み、冥福を祈りたいと思う。

 

 

 

 また、訃報記事とあわせて採り上げるのはふさわしくない内容かも知れないのだが、上記の英紙ガーディアンの記事をあれこれ眺めているうち、以前このブログでも代表曲を何曲か紹介したことのある(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12502041242.html)フランスのシンガーソングライター、フランソワーズ・アルディ(上の写真)に関する別の記事が目に止まったので、簡単に紹介しておきたい。

 https://www.theguardian.com/music/2021/jun/17/francoise-hardy-argues-for-assisted-suicide

 

 詳細は上の記事をご覧いただければと思うが、フランスの雑誌「Femme Actuelle」との最新インタビューによれば(https://www.femmeactuelle.fr/actu/news-actu/interview-francoise-hardy-jacques-dutronc-ne-veut-pas-que-je-souffre-2114762 ただしアルディは会話が困難な状態で、インタビューもメールのやり取りで行われたそうである)、アルディは2000年代半ば以降現在まで、たびたび癌を患って放射線治療等を受けたそうなのだが、その過程で耐え難い苦痛を味わって来たらしい。

 

 

 そして現在の心境を訊かれるとはっきり「終わりに近づいている」(Proche de la fin)と述べ、フランスの現行法制度や自分の置かれた社会的地位、家族(前夫で同じく歌手のジャック・デュトロンや一人息子)の気持ちや現在の体調(ほとんど物を飲み込めない状態で、何とか嚥下出来る食事を用意するのに毎日5時間以上も費やしており、現在の治療法を始めてから正常に機能している部分はどこもない。昼間よりも夜が余計に辛い等々)などから、現実に尊厳死(安楽死)を選択・実践することは難しいだろうとしながらも、自分と同じような心身の苦痛を味わわずに済む選択肢のひとつとして、フランスにおける尊厳死(安楽死)の合法化を強く求めている。

 

 1944年生まれのアルディは現在77歳で、年齢だけからすればそれなりに長生きしたとも言えなくないだろうが、まだ50代だった頃から抗癌治療によって多大な苦痛を経験して来、このまま非人道的(inhumain/inhumane)とも言える最期の日々を甘受するしかない現状を鑑みれば、十分長く生きたとも言いがたいに違いない。いつ私自身が同じ状況に陥らないとも限らないこともあり、彼女の置かれた状況に対して心から同情(という安易な言葉は使いたくないものの)を覚えずにはいられない。

 死は生きとし生けるものが決して避けられぬ絶対的宿命ではあるが、せめて彼女がこれ以上心身共に苦痛を受けることなく、少しでも自然で平穏な最期を迎えられることを切に祈るのみである。