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 2015年4月10日(金)
 暫く前に、韓国EBS(教育テレビ)の「古典映画劇場」という番組で、フランス映画の「Le Pacha」が放送されていた。日本では劇場未公開の1968年作品で、「パリ大捜査網」という題名がついてはいるが、今のところDVDなどの映像ソフトは発売されていない(フランス版DVDはアマゾン・フランスなどで購入可)。監督はジョルジュ・ロートネル、主演はジャン・ギャバンである。

 聴き取りの不十分な仏語音声(特にジャン・ギャバンはいつでもモゴモゴと言葉を噛むように発音するのでまともに聴き取れた試しがない)に、瞬時に読み取るのが(私には)不可能な韓国語字幕ということで、映画そのものは少ししか見なかったのだが、映画の冒頭に使われている主題歌が非常に印象的で、映画が始まるや、しばしテレビの画面に見入ってしまった。

 

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 歌声が聴えてきた瞬間、声の持ち主がセルジュ・ゲンズブール(★1)であることがすぐに分ったが、こうしたマイナー(?)な映画の主題歌まで手がけていたとは全く知らなかったので意外だったのと同時に、ゲンズブールはお気に入りの歌い手でもあるため嬉しく思いもした。

《★1 どうやら日本では「ゲンスブール」と表記することが多いようなのだが、「ンスブ」と中間の「s」を濁らないで発音するのはなかなかしんどく、いつも利用している発音サイト(http://ja.forvo.com/word/serge_gainsbourg/#fr)でも「ズ」と濁っている発音が大勢である。もっとも最初の「Gain」は「ゲン」でなく「ギャン」あるいは「ガン」に近く、「ギャンズブール」あるいは「ガンズブール」とした方が原音に少しは近くなるかも知れない(それでも「r」音をはじめ、この表記ではやはり原音からは程遠いのだが……)。
 かなり以前、仏語教育で知られる暁星学園に通っていた生徒から聴いた話では、かの学校では仏語の「r」音をカタカナで示す際に「ガギグゲゴ」表記をしているということだったのだが、確かに「ギャンズブーグ」とでもした方が、「r」音の感触は多少感じ取れるのかも知れない。あくまで「かも知れない」という程度ではあるが……。》



 

 もっともお気に入りだとは言いながらも、かつて日本で「De Gainsbourg à Gainsbarre」というCD11枚組のボックス・セット(★2)が発売された時、かなり値が張ったため買おうかどうか相当迷った末に諦め、同時に発売されたCD2枚組のベスト盤(上の写真)で我慢したことがあった。

 そのためゲンズブールの音楽に関する私の知識は、現在に至るまでこの2枚のCDに収録されている曲がほとんど全てで、その全貌どころか一端すら把握できていないと言うべきかも知れない。
《★2 同じフランス語の歌い手でも、ジョルジュ・ブラッサンスやジャック・ブレル、エディット・ピアフなどは、(滅多に聴くことはないが)一応CDボックス全集を買って持ってはいる。もっとも大抵、オリジナル・アルバムを順番にそのまま集めているだけなので、アルバム未収録のシングル曲などが抜けてしまっていることもあるようで、特にピアフのCDボックスには私が気付いただけでも結構漏れがあるようである。》


※後日追記

 その後、ゲンズブールの歌はほぼ全てYoutube公式サイトで公開され、自由に聴くことが出来るようになった。以下がそのアドレス(アルバム毎の再生リストとしてまとまっている→どういう事情なのか、その後いつの間にか再生リストがなくなってしまい、公式サイトでは一部の曲しか聴けなくなってしまった→その後また聴けるようになった)。

 

 


 

 一方で、ジェーン・バーキン(Jane Birkin ★3。上の写真右)主演の「Je t'aime...moi non plus(邦題:ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ)」=英語に直訳すれば「I Love You...Me Neither」や、バーキンとの間にもうけた娘シャルロット(★4。下の写真左)主演の「Charlotte For Ever」など、ゲンズブール自らが監督も担当した映画は見ているし、出演作である「ガラスの墓標(Cannabis)」や「スローガン」などの映画で音楽を担当していたことも知ってはいた。しかしこの「Le Pacha」は日本では見る機会が極めて限られていることもあり映画の存在自体すら知らず、ゲンズブールが音楽を担当していたことも当然知らなかった。
《★3 フランスでは「ジェイン・ビルキン(上記の暁星方式で書けば「ビグキン」)」と仏語風の発音で呼ばれている(→https://ja.forvo.com/word/jane_birkin/#fr)。
 ★4 言うまでもなく、今では女優として活躍している(どうも最近はラース・フォン・トリアーと組んだ「痛々しい」役が多くて見る気になれないのだが)シャルロット・ゲンズブールである。》

 

 

 この「馬鹿者のためのレクイエム」(Requiem pour un con)という曲を聴いているうちに、しかし私はこれが以前から愛聴してきた上記のベスト盤に収録されているものと同じ曲であることに気付き始めた。すぐにそうと分らなかったのは、両者のアレンジがかなり異なっているためで、「You're Under Arrest」など自作の曲をコラージュのように切り張りした新リミックス版は良くも悪くも(古臭い言い方だが)「当世風」のアレンジで、この曲の最大の魅力だと思われる荒削りで乾いたパーカッションやゲンズブールのヴォーカルがすっかり弱められてしまっていて、今聴き返してみてもやはり私には余り面白く思えない。いつもそうだとは限らないものの、大抵リミックスやリメイクというものはオリジナルには及ばないもので、おかげで私は今までこの曲の魅力を発見するには至らなかったという訳である。

 「馬鹿者のためのレクイエム」(★5)のオリジナル版は、以下のアドレスで視聴可能である。
 https://www.youtube.com/watch?v=_3_fzIVrOR4
《★5 1枚目の写真に見られるように、発売当初はこの曲の題名に含まれる「con」(馬鹿者、あるいは……興味のある方は自分でお調べ頂きたい)という言葉は、英語で言うところのいわゆる「Four-letter word」のように、アステリクス記号で隠されて「c**」と表記されていたようである。》

 ゲンズブールは「La Pacha」にもほんの少しだけ出演していて、幸い以下のアドレスで出演部分の映像を見ることが出来る。
 https://www.youtube.com/watch?v=ELxr5asAe-4

 ベスト盤に収録されている新リミックス版は以下の通り。
 https://www.youtube.com/watch?v=tITo1BIIBUQ


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 ゲンズブールの歌詞は、押韻や言葉遊びなどが大きな特徴でもあるため、外国語に翻訳してしまうとその持ち味がかなり失われてしまう性質のものなのだが、一応参考のために、上のベスト盤の日本語訳を参照しながら歌詞の試訳を最後の方に載せておくことにする。
 また仏語原文も載せておいたが、ところどころに入る「Ouais!ウエー」(「Oui(ウィ)」の卑俗な言い方。パリ訛りか?)という掛け声が個人的に気に入っているので、通常は歌詞として認識されていないこの「Ouais」の入っているもの(以下で紹介しているヴァネッサ・パラディによるライヴ・ヴァージョン版)を載せておいた。

 ゲンズブールの曲は、何と言ってもその顔に似合わない(?)セクシーな声が最大の魅力であり、自らが歌う「リラ門の切符切り/Le Poinconneur des Lilas」や「(ジャック・)プレヴェールの歌/Chanson de Prévert」、「ラ・ジャヴァネーズ/La Javanaise」や「手ぎれ/Je suis venu te dire que je m'en vais(=元々の意味は(お別れを言いに来た)」、「幸せな子供たちへ/Aux enfants de la chance」など、優れた曲は数多いのだが(★6→記事の最後)、ブリジット・バルドーやジェーン・バーキン、カトリーヌ・ドゥヌーヴ、アンナ・カリーナなどの女優や、フランソワーズ・アルディやフランス・ギャルといった歌手にも楽曲を提供していて、これがまた名曲揃いである(女たらしとしても名を馳せた彼は、当然のようにこれらの女優と極めて親密な関係になり、中でもバーキンとはその後結婚して上記のように一人娘シャルロットをもうけたことは周知の通りである)。
 女優や歌手への提供曲も幾つか以下で紹介しておくと、


 

(1)フランソワーズ・アルディ(上の写真)「さよならを教えて(Comment Te Dire Adieu=どうやってさよならと言おうか)」
 https://www.youtube.com/watch?v=dqZDRWdZRd4

 公式サイトより

 https://www.youtube.com/watch?v=tINyMbNZytI        
 
 上記の通りゲンズブールの歌詞は他の言語に翻訳してしまうと魅力が褪せてしまうものが多いので原語で聴いてもらうのが一番なのだが、この曲などは「エクス」という音の入った言葉を多用しているところや、語尾の音が韻を踏んでいるところなど、仏語が分らなくても比較的よくその言葉遊びが理解できるのではないだろうか。

 フランソワーズ・アルディついでで、ゲンズブールの曲ではないが、以下の曲も忘れがたい。 「もう森へなんか行かない(Ma jeunesse fout le camp...=私の青春は過ぎ去っていく)」
 (山田太一脚本のドラマ「沿線地図」で用いられ、一時期日本でもよく知られていたはずである)
 公式サイトより  https://www.youtube.com/watch?v=pBOncEj8Wt0

 「青春のブルース(Le Premier Bonheur du Jour=一日の最初の幸福)」

 公式サイトより  https://www.youtube.com/watch?v=dTjkBJ8ScuQ


 


(2)フランス・ギャル(上の写真)「夢見るシャンソン人形(Poupée de cire, poupée de son=蝋の人形、もみ殻(=sonは「音」でもある)の詰まった人形」
 https://www.youtube.com/watch?v=s5aeeSmkPwQ

 フランス・ギャルへの提供曲としては、発表当時その歌詞が大いに物議を醸した「アニーとボンボン(Les sucettes=棒つきキャンディー、おしゃぶり)」という曲も有名である(https://www.youtube.com/watch?v=q-iysdFu_TQ)。
 「物議」の詳細については、例えばウィキペディア「セルジュ・ゲンスブール」の「問題とされた歌詞」の項目などをご覧頂きたい。https://www.youtube.com/watch?v=A9ajuEVNfb0 では、フランス・ギャルが当時の経緯について語ってもいる(英語字幕あり)。

 「アニーとボンボン」 ゲンズブールとのデュエット版
 https://www.youtube.com/watch?v=9Pxt_R7jLKA


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(3)ヴァネッサ・パラディ(と書いても分らない方には、俳優ジョニー・デップの前の「パートナー」だと紹介すれば一番分りやすいかも知れない。上の写真)
 ヴァネッサ・パラディには、ゲンズブールが歌詞を提供し、プロデュースまでしたアルバム「Variations sur le même t'aime(同一の愛(=主題)による変奏曲)」が存在するが、今回採り上げた「馬鹿者のためのレクイエム」には、彼女がライヴ演奏したヴァージョンがあるので、以下に紹介しておきたい。

 ライヴ映像 https://www.youtube.com/watch?v=LHfWOGXxlCE (削除されリンク切れ)
 音声のみ  https://www.youtube.com/watch?v=4EJcwcIcDL4

 ヴァネッサ・パラディと言えば、ちょうど私が初めてフランスに行った1987年にデビュー作である「Joe le Taxi」という曲が大ヒットしていて、まだ幼いと言っていい年齢(14か15)にもかかわらず、その蠱惑的な魅力でフランスのみならず、他のヨーロッパでも人気を博していたのを記憶している(日本でも暫く後でシングルCDやアルバムが発売された)。
 その後映画にも出演し、中でも初主演作の「白い婚礼(Noce Blanche)」(上の写真)は、彼女のロリータ的な側面を強調した作品でありながらも(ヌード・シーンもあり)、ヴェテラン俳優ブリュノ・クレメールの存在感ある演技に加えて、ヴァネッサ・パラディの演技も決して悪くなく、小悪魔的少女に籠絡されて堕落していく中年男を描いた、極めてフランスらしい佳作だと言っていい(日本でも劇場公開され、DVDも発売されている)。
 もっとも彼女の主演映画としては、一般的にはパトリス・ルコント監督の「橋の上の娘」か、同じルコント監督作品で、アラン・ドロンとジャン=ポール・ベルモンドというフランスの2大名優(?)が競演した「ハーフ・ア・チャンス(Une chance sur deux)」の方が知られているかも知れない。
 他にもセルジュ・ゲンズブールが主題歌を担当した「エリザ」という作品も評価は悪くなさそうなのだが、私は英国で入手したDVDを持ってはいるものの未見のままである。やはり私は見ていないが、「エイリアンvsヴァネッサ・パラディ」という如何にもB級作品らしい変ったタイトルの映画もある。
 私自身は昔からロリータ趣味には全く興味がない人間なのだが、その方面がお好きな方々のために、ロリータ全盛期(?)の映像も紹介しておくことにする(いずれもライヴ映像。初めの2曲が上記「Joe le Taxi」、3曲目は「マリリン&ジョン」)。

 https://www.youtube.com/watch?v=IKxMTFvo_0s 「Joe le Taxi」
 https://www.youtube.com/watch?v=im6GD5YLzns 「Joe le Taxi」
 https://www.youtube.com/watch?v=XtFjwNhyKGs 「Marylin & John」

 

 最後に「馬鹿者のためのレクイエム」の歌詞を日本語と原語のフランス語で。


 「馬鹿者のためのレクイエム」
 

 オルガンの響きを聴いてみな、お前のために弾いているんだ。素晴しい旋律だろ
 気に入ってくれればいいんだが。やけに美しいだろ
 そうさ、これは馬鹿者のためのレクイエムだ
 おまえのためにわざわざ作ったのさ。悪女の思い出のためにな
 主題の旋律が美しいだろ。そうは思わないか
 まるでおまえにそっくりだ、哀れな馬鹿者め

 ほら、また曲が始まる
 すっかり覚えておくんだ、この旋律を
 馬鹿者のためのレクイエムに躊躇などは禁物だ
 一体どうしたというんだ。俺のことを見てるな。気に入らないとでもいうのか
 この曲の一体どこが気に入らないっていうんだ
 もっとも俺には同じことさ、おまえが気に入ろうが入るまいが
 とにかくもう一度弾いてやろう、哀れな馬鹿者め

 オルガンの響きを聴いてみな、お前のために弾いているんだ。素晴しい旋律だろ
 気に入ってくれればいいんだが。やけに美しいだろ
 そうさ、これは馬鹿者のためのレクイエムだ
 おまえのためにわざわざ作ったのさ。悪女の思い出のためにな
 牢獄の壁にかかった蒼ざめたおまえの顔に
 俺が自分で書き込んでやる。哀れな馬鹿者と

 

"Requiem pour un con"

 

 Écoute les orgues, elles jouent pour toi, il est terrible cet air-là.

 J'espère que tu aimes, c'est assez beau, non ? 

 C'est le requiem pour un con, ouais.

 Je l'ai composé spécialement pour toi, à ta mémoire de scélérat.

 C'est un joli thème, tu ne trouves pas, non ?

 Semblable à toi-même, pauvre con.

 

 Voici les orgues qui remettent ça.

 Faut qu't'apprennes par cœur cet air-là.

 Que tu n'aies pas même une hésitation sur le requiem pour un con.

 Ouais, quoi, tu me regardes, tu n'apprécies pas ?

 Mais qu'est-ce qu'y a là-d'dans qui t'plaît pas ? 

 Pour moi, c'est idem, que ça t'plaise ou non.

 J'te l'rejoue quand même, pauvre con.

 

 Écoute les orgues, elles jouent pour toi, il est terrible cet air-là.

 J'espère que tu aimes, c'est assez beau, non ? 

 C'est le requiem pour un con, ouais.

 Je l'ai composé spécialement pour toi, à ta mémoire de scélérat.

 Sur ta figure blême aux murs des prisons,

 J'inscrirai moi-même : "Pauvre con."


(追記)イギリスのPlaceboというバンドのヴォーカリストであるBrian Molkoという歌手が、「Requiem For A Jerk」という題名でこの曲をカヴァーしているようである(https://www.youtube.com/watch?v=L7_NON5UpPY)。この英語のカヴァー版には、Brian MolkとFaultlineという歌手とともに、フランソワーズ・アルディの名も併記されているのだが、彼女が実際に演奏に加わっているのかどうかは未確認である(上のYouTubeにも名前の記載がある通り、実際に彼女も歌っているらしい)。

★6
 「リラ門の切符切り/Le Poinconneur des Lilas」
 https://www.youtube.com/watch?v=eWkWCFzkOvU

 「プレヴェールの歌/Chanson de Prévert」

 https://www.youtube.com/watch?v=kh-qmQjuZUk

 

 「ラ・ジャヴァネーズ/La Javanaise」
 https://www.youtube.com/watch?v=V6gjzNm6dA0

 「手ぎれ/Je suis venu te dire que je m'en vais」
 https://www.youtube.com/watch?v=--BTGqJmhow

 「幸せな子供たちへ/Aux enfants de la chance」

 https://www.youtube.com/watch?v=MmJ0q8SpTDo