2020年9月24日(木)

 フランスの歌手ジュリエット・グレコ(Juliette Gréco)が昨23日に亡くなった(享年満93歳、上の写真)。

 

 40年近く前にフランス語を勉強し始めた頃、発音の習得のためにフランス語の歌をたくさん聴いたものである。洋楽界は未だ英語中心のため今も余り変わらないのかも知れないが、Youtubeなどのなかった当時、同時代のフランス大衆音楽は日本でそれほど多く紹介されていた訳ではなく、その代わりに「懐かしのシャンソン名曲集」といったタイトルでフランスの古い歌を集めたカセットやCDがたくさん出ていて、公立図書館などでも借りることが出来た。

 そこでそうしたシャンソン名曲集を手当たり次第に聴いていったのだが、その中にジュリエット・グレコ(以下、グレコ)の歌う「パリの空の下」や「枯葉」、「パリ・カナイユ」などの曲が含まれていたのである(これらの「名曲」にはグレコ以外の歌手によるヴァージョンも色々とあった)。

 

 以下で紹介する動画をひとつでもご覧になれば分かる通り、グレコはいわゆる「美声」の持ち主という訳ではなく、むしろその声音は低い濁声(だみごえ)で、うっとり聴き惚れてしまうようなものでは決してない。歌い方にしても、テクニックを駆使した「virtuoso」的歌唱とは対照的な、まるで詩を朗読でもするようにブツブツと歌詞を呟いたり小声でささやくような歌が少なくなく、超絶技巧で高らかに歌い上げるような歌曲を期待していると失望するだけかも知れない。

 しかしまさにそれがシャンソンなどフランス大衆歌謡の特徴かつ魅力であり、以前このブログでも紹介した(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12502039255.html)ジョルジュ・ブラッサンスやジャック・ブレル、レオ・フェレ、セルジュ・ゲンズブールなど(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12502041242.html)、一昔前のフランスを代表する歌手たちの多くも、そうした歌唱や曲調を本領としていたと言っていい。

 そもそもフランス大衆歌謡においては、音楽よりも歌詞の方がより重要だと言っても過言ではなく、上に挙げた歌手たちの書き上げた詞は文学的にも高い評価を受け、ボードレールやランボー、ヴェルレーヌなどの名だたる詩人たちの詩集と同じく、歌詞集として刊行され広く読まれてもいる。

 

 そしてジュリエット・グレコと言えば、すぐに(かつて知識人たちの溜まり場であった)「サンジェルマン・デ・プレ」を想起させるように、彼女はパリのいわゆるセーヌ河の「左岸」(Rive-Gauche)で、哲学者のサルトルや、小説家・音楽家のボリス・ヴィアン、アルベール・カミュ、メルロ・ポンティらと交流を結んだ後、歌手として認められるようになっていった人である。やがて彼女は「サンジェルマン・デ・プレの女神(ミューズ)」とまで呼ばれるようになり、セーヌ左岸の知識人コミュニティにおけるひとつのアイコンとなったのである。

 

 彼女がものした名曲は数多く、いちいち紹介することはしないが、その中で私が最も愛聴してきたのは、サンジェルマン・デ・プレについて歌われている「Il n'y a plus d'après」(あとには何もない)という曲である(https://www.youtube.com/watch?v=LU6JE1D9wTc)。

 

 また、Youtubeには1970年に行われたライヴの模様もアップされており、若きグレコの実演に接することのできる貴重な資料となっている(その後削除されてしまった。以下も同様。https://www.youtube.com/watch?v=hdtZxbVrp84)。

 このライヴのうち、「パリの空の下」は、

 https://www.youtube.com/watch?v=hdtZxbVrp84&t=902s

 そして「枯葉」
 https://www.youtube.com/watch?v=hdtZxbVrp84&t=1106s

 さらに「パリ・カナイユ」(レオ・フェレ作)

 https://www.youtube.com/watch?v=hdtZxbVrp84&t=1355s

 

 Youtubeにはグレコと同じくフランス南部モンプリエ生まれの映画監督ジャック・バラティエが撮った短編「無秩序」(1949年)もアップされており、グレコの他に、上に挙げたヴィアンやジャン・コクトー(彼が壁に書いているのは「Adieu. Je pars(さらば、私は行く)」という言葉)、シモーヌ・ド・ボーヴォワール(パートナーのサルトルは写真のみ)、オーソン・ウェルズなどの姿を見ることが出来る(画質は良くないし、決して面白い内容ではないが、当時の記録としては貴重であり、以下にアドレスを貼付しておく)。グレコが歌っているのは下にアドレスを貼ってあるレモン・クノー作詞、ジョゼフ・コスマ作曲の「Si tu t'imagines (そのつもりでも)」。
 https://www.youtube.com/watch?v=cXbokkOs3oY 

 

    (セルジュ・ゲンズブールとグレコ)

 

 グレコは他にも、上記のジョルジュ・ブラッサンスやセルジュ・ゲンズブールなどによる曲も歌っており、以下に動画のアドレスを貼付しておく(括弧内の題名は既存の物がある場合はそれを、なさそうな場合は直訳で)。

 

 Parlez-moi d'amour (聞かせてよ愛の言葉を。映画監督のジャン・ルノワール作詞作曲)

 https://www.youtube.com/watch?v=olkFFi2Mv1E(日本公演の動画。日本語字幕付き)

 Chanson pour l'auvergnat (オーベルニュ人に捧げる歌。ジョルジュ・ブラッサンス) 

 La Javanaise (ラ・ジャヴァネーズ。セルジュ・ゲンズブール)

 https://www.youtube.com/watch?v=GEpaVG3As-c

 Coin de Rue (街角。シャルル・トレネ)

 https://www.youtube.com/watch?v=wtonTzqIfSY

 Jolie môme (可愛い女。レオ・フェレ)

 https://www.youtube.com/watch?v=nG9A9xK3Glo

 La java partout (ジャヴァはどこでも。レオ・フェレ)

 https://www.youtube.com/watch?v=aUsObwHFfPo

 Je suis comme je suis (私は私。ジャック・プレヴェール作詞、ジョゼフ・コスマ作曲)

 Je hais les dimanches (日曜はきらい。シャルル・アズナヴール作詞、フロランス・ヴェラン作曲)

 https://www.dailymotion.com/video/x20sag

 Rue des Blancs-Manteaux (ブラン・マントー通り。ジャン・ポール・サルトル作詞、ジョゼフ・コスマ作曲)

 https://www.youtube.com/watch?v=niqrtumrqj4

 Si tu t'imagines (そのつもりでも。レモン・クノー作詞、ジョゼフ・コスマ作曲)
 https://www.youtube.com/watch?v=zcrujIHaNiU(東京でのライヴ映像)

 

 また、上に挙げた曲を含むグレコの代表的なレパートリー17曲を以下のYoutube公式サイトで聴くことも出来る。

 https://www.youtube.com/user/JulietteGreco/videos

 同様に以下のサイトでは、数百曲にも及ぶ彼女の歌が公開されている。

 https://www.youtube.com/channel/UC64-OSR2UZ6kJUJoZMPFyNg/featured

 

 グレコは女優としても数多くの映画に出演しており、代表的な作品に以下のようなものがある。


 「恋多き女」(1956年。原題:Elena et les Hommes。ジャン・ルノワール監督)

 「神々の王国」(1949年。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)

 「この手紙を読むときは」(1953年。ジャン・ピエール・メルヴィル監督)

 「オルフェ」(1950年。ジャン・コクトー監督)

 「眼には眼を」(1957年。アンドレ・カイヤット監督)
 「陽はまた昇る」(1957年。ヘンリー・キング監督)

 「悲しみよこんにちは」(1958年。フランソワーズ・サガン原作。オットー・プレミンジャー監督)

 その一部→https://www.youtube.com/watch?v=kjNkrlLiJQg&feature=emb_logo

 「天国の根」(1958年。ロマン・ガリー原作。ジョン・ヒューストン監督)

 「鏡の中の犯罪」(1960年。原題:Crack in the Mirror。リチャード・フライシャー監督)

 「栄光のジャングル」(1961年。原題:The Big Gamble。リチャード・フライシャー監督)

 「Le Far West(極西)」(1973年。歌手で作詞作曲家のジャック・ブレルが監督)

 

 以下にかつて音楽業界にいらした方がグレコの死やその業績について触れている記事があるので、参考までに紹介しておきたい(私のブログに劣らず長文だが・・・・・・)。

 http://pepecastor.blogspot.com/2020/09/lamour-debout.html

 

 最後に、いつものように英紙ガーディアンの追悼記事のアドレスを挙げておくことにする(これまた10年以上前に亡くなった記者の記事を「アップデート」したものだそうである。この人も「名物記者」の一人だったのだろうか)。

 https://www.theguardian.com/music/2020/sep/24/juliette-greco-obituary

 

 サンジェルマン・デ・プレの女神ジュリエット・グレコの死を悼み、その冥福を心から祈りたい(RIP)。

 

 

 続いて全くの別件だが、今年度のノーベル文学賞の発表をほぼ2週間後に控える中、チェコ出身の作家ミラン・クンデラ(上の写真)が、故郷チェコの文学賞である「フランツ・カフカ賞」を受賞したそうである(その後、以下の同賞ウェブサイトにアクセス出来なくなってしまったのでリンクを削除)。

 http://www.franzkafka-soc.cz/clanek/the-franz-kafka-prize-2020-for-milan-kundera/

 

 「フランツ・カフカ賞」なる賞がどんな文学賞なのか詳しく知っている訳ではないのだが、過去に受賞した人たちの陣容を見てみると、初代受賞者の故フィリップ・ロスを筆頭に、(「海辺のカフカ」なる作品を書いたからか)我らが村上春樹まで入っている幅の広さ(?)で、しかもその多くは(影響は受けてはいるのかも知れないが)フランツ・カフカと作風が大いに異なる作家たちのようで、何だか趣旨のよく分からない賞だとしか言いようがない(この賞に関する日本語版Wikipedia→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%AB%E8%B3%9E)。

    しかし過去の受賞者の中に、その後ノーベル文学賞を受賞した人が何人も含まれていることから、英国のブッカー賞やアメリカのピュリッツァー賞などと共に、ノーベル文学賞を占う際によく参照される賞のひとつでもあるそうである。

 

 今回受賞したミラン・クンデラは、過去の政治的言動などからノーベル文学賞を受賞する蓋然性は低いと見られているようなのだが、「冗談」や「存在の耐えがたい軽さ」、「不滅」などの傑作をものし、今年91歳を迎えたこの老作家に、最後の栄誉(?)を与えて欲しいものだと私は(以前から)思っている(もっとも既に今年の受賞者は決まっているだろうから、カフカ賞の受賞が影響することはないだろうが)。

 もっとも私は、ノーベル賞の中でも平和賞に劣らず極めて「政治的」な賞で、賞金額こそ高額ではあるものの、所詮は数多くある文学賞のひとつに過ぎないこのノーベル文学賞なるものに、もはやほとんど信頼も期待も持ってはいないのではあるが(それでもやはり今年も、受賞者発表の模様をライヴで見てしまうだろうが・・・・・・)。

《後日追記。クンデラは2023年7月に94歳で亡くなり、ノーベル文学賞は不名誉の記録をまたひとつ増やすことになった。》

 

 この後で、かつて存在したフランスの有名な書評番組「アポストロフ」にミラン・クンデラが出ている回の動画を見つけたので(ちょうどフランスで「存在の耐えがたい軽さ」が出版されて間もない時のものらしい)、参考までにアドレスを貼付しておく。

 https://www.youtube.com/watch?v=ofddvAjlZEE

 また出世作「冗談」などについて語ったINAの動画アドレスも以下に(これは英語の字幕付きである)。

 https://fresques.ina.fr/europe-des-cultures-en/fiche-media/Europe00056/milan-kundera.html

 ただし「冗談」のフランス語訳は、後に原文から甚だしく乖離した「華麗でバロック的な文体」によって「書き換えられた」翻訳であることを知り、以後、クンデラが自作の外国語訳に注意を払うきっかけとなったものなので、この対談が行われた1968年時点ではその不本意な訳しかなかった(本人もまだ気づいていなかった)だろうから、注意して視聴する必要があるだろう。

 

 

 またまたついでで何だが、訃報を3件(以下も含め、今記事はすべて敬称略)。

 

 

 まずはフランス出身で英国系の俳優、マイケル・ロンズデイル(Michael Lonsdale。21日死去、享年満89歳。上の写真)。

 その強面で独特な風貌から、どちらかと言えば悪役や変わり者の役を演ずることの多かった人だが、中でもルイス・ブニュエルの「自由の幻想(原題:Le Fantôme de la liberté)」や「薔薇の名前」(1986年。ジャン・ジャック・アノー監督)、フランソワ・トリュフォーの監督作品などが特に私の記憶に残っている(一般的には「007 ムーンレイカー」(1979年。ルイス・ギルバート監督)のイメージが大きいようではあるが)。

 

    「自由の幻想」より

    「薔薇の名前」より

 

 いつもながら英紙ガーディアンの追悼記事を紹介しておくと、

 https://www.theguardian.com/film/2020/sep/22/michael-lonsdale-obituary

 ちなみにこの記事は、先に亡くなったRonald Berganという人によるもので、生前に書き溜めていたものに最新の情報を盛り込んで他の人が完成させた記事のようである(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12615327648.html)。

 

 

 2人目は、日本の「グループ・サウンズ」を代表する「ザ・タイガース」の元メンバーで、俳優兼司会者だった岸部四郎(8月28日死去、享年満71歳。上の写真)。

 リード・ギタリストで沢田研二と共にメイン・ヴォーカルも務めていた加橋かつみがグループを突然脱退したことから、メンバーのひとりで実兄である岸部一徳(後に俳優)に請われ、滞在先のアメリカから急遽帰国してグループに参加することになった逸話はよく知られている。

   もっとも私のように、グループ・サウンズ時代を直接知らない世代にとっては、テレビドラマ「西遊記」での沙悟浄役(下の写真)が最もよく記憶に残っているに違いない。また、長らく司会を務めていたことから、ワイドショーでの姿を覚えている人も少なくないだろう。

 

 その後様々な事業に手を出してうまく行かず、借金がかさんで自己破産手続きを取ったことでも話題となり、晩年は自身の病気や家族の死などが相続ぎ、苦渋の日々だったようではあるものの、2010年代には「ザ・タイガース」の再結成ライヴなどの檜舞台で、車椅子姿ではあったものの、かつての「盟友」たちに混じって出演するなど、芸能活動への意欲を完全に失ってはいなかったようである。

 

 以前このブログにも書いたことがあるが、英国では上記の「西遊記」が、日本での放送から程なく英語吹き替え版で紹介されて子供たちに人気となり、現在40代以上の英国人(特に男性?)の間には、このドラマのことを懐かしく語る人たちが結構いる(英国ではDVDも発売されている)。

 だから今回の訃報に際し、英国を始めとする海外にも、「サンディ」(沙悟浄の英語名)の死を悼んでいる人たちは少なからずいるに違いない(その実例として例えば以下のfacebookを参照→https://www.facebook.com/MonkeyGreatSage/posts/350519333023118)。


 

 最後は俳優の斎藤洋介(19日死去、享年満69歳。下の写真)。

 


 ご覧の通り、顎がきれいに(?)「しゃくれ」た受け口で、そのせいもあってか、俳優にしては決して「滑舌」が良いとは言えないのだが、むしろそれがこの人ならではの個性となり、ドラマや映画の脇を固める存在として欠かせない名バイプレイヤーだった。

 NHK土曜ドラマ「男たちの旅路」(1979年)がテレビドラマの初出演作で、この作品を私も何年か前にDVDで全編視聴したことがあるのだが、鶴田浩二や水谷豊、桃井かおりなどを始めとする数多い出演者の中でも、この人の印象は特に鮮明に残っていると言っていい。

 ドラマや映画の他に、バラエティ番組などでも幅広く活動していたことから、出演作はそれこそ数え切れない程で、果たしてどれがこの人の代表作か決めかねるのだが、もう1度見返してみたいという気持ちと「懐かしさ」とを加味して、大森一樹監督による映画「ヒポクラテスたち」(1980年)を挙げておきたいと思う。

 ただしすっかり内容は忘れてしまっているため、この人がどんな役を務めていたかの記憶すらなく、もしかしたら端役の一人でしかないかも知れない(→この日のうちに早速見直してみたが、出番は決して少なくなく、演技もなかなか良かった。感想等は後日改めて)。

 

 この3人の死を悼み、冥福を祈りたい。