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心にうるおいを。ネガティブもポジティブも受け入れる~、みつきのブログ。

気楽に、幸せに。。。お金に対する心のブロックを外し、豊かさのなかで生きていくためのお手伝いをしています。夫とは別居中、働くほぼシングルマザーです。日々のことや思い出などなど語っています。

別居から約1年が経ちます。

 

別居する時には、

離婚するつもりで、

 

子どもたちにも

そのように伝えていました。

 

離婚については、

別居前にも何度も話し合いました。

 

夫のトラブルに疲れ切っていた時、

夫から離婚を切り出されて、

私も当然そうする思っていたから、

承諾すると、

 

夫は、

 

やっぱり他に行くところはないし、

一緒にいたい、

もうバカはやめる、

家族(私と子供たち)の中に

入れてほしい、と言う。

 

 

・・・「入れてほしい」もなにも、

 

自分から勝手に

放り出そうとしておいて、

何言ってんだこいつ、

と思ったけど、

 

でもその時は、

 

私はその言葉に嬉しくなって、

「やり直し」を始めました。

 

でも、ほどなく

夫がまた同じことを繰り返し、

 

離婚しようというから、

離婚を進めようとすると、

 

夫は、

「子どもにはまだ言いたくない」

 

とか、

 

よく分からんことを言いはじめ、

 

「本当に君(私のこと)が必要だ

 ということが分かった」

「もう一度だけ

 チャンスをくれないか」

 

とか、言う。

 

 

 

・・・・夫は、

単に、行く場所がないだけ。

 

夫は、覚悟がないだけ。

 

私と一緒にいたいわけじゃない。

 

でも、

私も覚悟が出来ずに、

それを「受け入れなきゃ」と思って、

再構築を試みる・・・・。

 

 

はいはい。

 

だめ夫婦。

 

 

でも私にとっては、

ジェットコースターのような

日々でした。

 

辛かったです。

 

上手くできない自分。

足りない自分。

必要とされていない自分。

 

 

で。

 

ここでね、思うのです。

 

私はどうしたかったか。

 

私は、

 

最初は、

 

離婚したくなかった。

 

でも、

「私は離婚したくない」

という言葉はでてこなかった。

 

それは、

そこに、

自分の主張を挟む余地はないと

思ってきたから。

 

「夫婦」は相手あってのことだから、

 

自分だけが「離婚したくない」

といっても、

 

何も変わらない、

 

無理だ、と思ってきたから。

 

私は、

夫に対して、

本気で怒りをぶつけることも

出来なかったんです。

 

 

私は、

自分の存在を無視して

 

ただ夫のしでかした不始末の

火消しをしようと

していたのです。

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、みつきです。

 

子どもの就学支援金の申請がしたくて、

 

そんなこんなで、

別居中の夫にも

必要書類を取得して

もらわねばならず、

 

お願いしています。

 

・・・というか、

夫は、子供のお迎えのために

週に1日は家に来て、

夕飯を作り、

一緒に食べて帰ります。

 

夫と別居を始めて、

そろそろ1年になります。

 

 

別居前、

夫には、

本当に悩まされました。

 

私はなぜか、

彼が勝手なトラブルを繰り返しても

 

自分の頑張りが足りないせいだ

と思い、

 

許そう、やり直そうと

頑張ったけど、

 

ある出来事をきっかけに

本当に疲れ切ってしまって、

 

身体も壊して、

 

「ああ、心がズタボロって

 こういうこというんだろうな」

 

とぼーっと感じていました。

 

顔をみると辛くて悲しくて、

自分に価値がないように思って、

もうどうにかなって

しまいそうだったから、

 

目の前から消えてくれと

思っていた相手です。

 

あの時は、

早く離れないと、

自分が本当に壊れると思いました。

 

勇気を出して、

頑張って、

別居できました。

 

子どもの生活費を

入れてもらうため、

 

公正証書を作成した際に、

面会についても取り決めて、

 

子どもの希望があれば

連絡くれればいつでも会いに来られるし、

連絡も取れるっていうふうにしました。

 

別居に至るまでのやりとりの中で、

夫の起こしたトラブルについては

他言しないという

取り交わしもしました。

 

本当は、

本当の気持ちは、

夫には、

子どもに会いに来てなんて

欲しくなかった。

 

本当は、

子どもたちに

 

「君たちの父親は

 弱くて甘ったれで、

 君たちのことより

 ”自分の方が大事だから

  しょうーがない”と

 最もらしく語り、

 責任を放り出す最低なやつだ」

 

と言いたかったけど、

 

それはやめました。

 

子どものたちが

大きなショックを受けることや

寂しさでいっぱいになってしまうことが

 

とても怖かったし、

 

「いい母親」でいたかったので、

 

 

面会はいつでもOKとしました。

 

 

あれから、

もうすぐ1年。

 

 

距離をおいて、

時間をおいて、

 

夫とも、

随分普通に話が

できるようになっています。

 

子どもたちも

あっさりしたもんで、

 

夫が来ると

嬉しそうにしていますが、

 

夫が帰るときには

「ばいばーい!」

と玄関で手を振って、

 

夫が出ていったその瞬間に

「ガチャ」っとカギをかけ、

 

「はいはい次!」

 

という感じで自分の好きなことを

始めるという・・・。

 

よしよし。

 

今でも、

まだ、

夫の顔色を窺ってしまう時があって、

 

子どもの就学支援金のために

書類を取りに行ってもらう、とか、

 

夫がうちに来た時に、

不機嫌そうな顔をしていると、

不安になったりとか、

 

します。

 

認めたくないけれど、

でも、

まだ、そんなんです。

 

でも、

 

夫と別居する前の私は、

 

夫にびくついてばかりで、

他の人に対しても、

相手の評価を気にしてばかりで、

 

自分が我慢すればいい、

結局、それが一番楽だと

思っていました。

 

がんじがらめでした。

 

今でも、

まだそういう部分はあるし、

苦しくなるときはあるけれど、

 

私は夫との何年にも渡る

苦しい時間を通して、

 

「自分を軽んじていたのは

 自分自身だった」

 

ということに気付き、

 

自分を大切にすることを学び、

 

そして、

 

夫に悩まされていたのは

 

「あくまでも自分自身の

 世界の中だった」

 

ということが分かったのです。

 

 

もし今、

同じように

パートナーとの関係の中で

子どもを抱え、

うずくまって苦しんでいる人がいたら、

 

本当に伝えたい。

 

あなたは、

その苦しみから

自分を必ず解放できる日が

来ます。

 

あなた自身を

信じてほしいと思います。

 

 

 

・・・・昨日は、

子供の就学支援金の申請のための

書類を2種類もらうため、

わざわざ仕事を1時間早退して

役所に行ったというのに、

 

1種類しかもらわずに帰ってきて、

 

再度大急ぎでもう一つの書類を

取りに走らねばならなかった・・・という、

 

残念な失敗をしました~。

 

でも、昨日の火曜日だけ、

19時まで窓口が開いている場所が

自転車で行ける距離にあり、

 

そこに行けたのは、

運がよかった!

 

保育園のお迎えも間に合ったしニコニコ

 

・・・・自分のヘマですが、

「運がよかった」とおもっちゃおうと

思いますラブラブ

 

 

 

本当の「豊かさ」について。

 

「豊かさ」のカタチは

人の数だけあると思います。

 

でも、一方で、

本当の豊かさというのは、

 

「何もない(何も持っていない)

 ことである」

 

という話を聞くと、

「確かに」と思います。

 

 

これは、きっと、

 

目の前にあるもので

満たされている状態のこと。

 

心の乱れや苦しみの原因となる

「欲」がなく、

 

ゆえに、

その対象となる「もの」もない。

だから、

「何もない」。

 

 

本当の本当の本当の豊かさは、

 

人が、感情的に

穏やかで過ごせること

 

なのだと思います。

 

 

「お金があれば、

 時間的、精神的余裕が得られる。

 豊かさが得られる。」

 

というのは、

目の前の現実の真理で、

 

そこは素直に求めていいと思う。

 

でも、それはもしかすると、

 

「お金」を手に入れたときに、

本当に叶うものかどうか分からない。

 

次へ、次へと求めてしまったり、

 

他に欠乏感を感じるものが

出てくるかもしれない。

 

他者に幸せを

委ねてしまうようなことが

 

起こるかもしれない。



欠乏感は無くならないかも、、、。

 

 

・・・そんな風に考えてしまうと、

 

永遠に続く「心の平穏」が

豊かさなのかなと感じて、

やはり欲しくなります。

 



あなたは、

「豊かさとは何もないこと」

というのを聞いて、

どう感じますか?


自分が「本当の豊かさ」を

手に入れたとしたら、


それは、どんな姿だと

思いますか?




恐らくそれは、

 

自分の豊かさを

意識して追求して、


色々体験したり体感したりして、


その結果、


辿り着けるものでも

あるのだろうな。

 


そういう旅を

「果てしのない不安の旅」と

捉えるか、


「楽しくて

 やめられないから

 続いていくような旅」と

捉えるか。


スタートを切る前に、

どんな旅にするかを意識してから


スタートを切ると

いいのかも😊。



お互い、

自分の本当の豊かさに

辿り着くまで、

 

できることを、

楽しんでいきましょうね!

 

 

 

 

 

 

誰かを「羨ましい」と

思ってばかりで

つらいとき、

 

こんな風↓に考えてみるのは

はいかがですかニコニコ~?

 

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

 

こんにちは。みつきです。

 

酷い風邪をひいてしまいました。

久しぶりにこじらせております。

 

でもなんとなく、

 

「変化」の時のような気がします。

夏至も来ましたしね。

 

そんなときもあるな、と

そのまま

受け入れていきたいと思います。

 

 

さて。

 

 

他者と比較するのは

やめた方がいいって

わかってるのに、

 

どうしても比べちゃうんです。

 

という方。

 

・・・・うんうん。

 

そういうとき、

ほんとうに沢山ありますよね。

 

確かに、

 

自分が豊かかどうか、

自分が幸せかどうか、

 

そういうものを

他者との比較に委ねていると、

 

結局満足できなくて

 

無限ループにはまってしまいがち。

 

でも、

正直いうと、

 

何か(誰か)と自分を

 

比べるのを、

完全にやめるのは

難しくないですか?

 

 

もちろん、

「比べること」自体が

悪いわけではありません。

 

比べることで

ポジティブな気づきや

モチベーションを

得られる場合も

ありますから。

 

例えば、

 

自分が今持っている豊かさに

気付くヒントとして、

 

「昔の貴族や王様の

 暮らしより、

 今の自分の暮らしの方が

 便利で豊かだ」

 

と気付いて、

素直に豊かさを納得出来たり、

 

中には、

 

スポーツなどで

自分より強い相手を見て

もっと自分も強くなりたい、と

闘志を燃やせたり・・・。

 

比較によるメリットも

あると言えるわけです。

 

 

要するに、

 

「比較の仕方」に

工夫が必要なのでしょう。

 

 

誰かと自分を比較して、

「羨ましいな」と思って

苦しくなってしまうとき、

 

試してほしいのは、

 

「次は自分の番だ!」

 

と思うことです。

 

目の前に

「いいな~」と思う相手が

現れてきたということは、

 

そこに意識が向いている

ということ。

 

そして、

 

自分がそこを目指せていて、

 

心の底では、

 

自分もその場所に行けるはずと

思っているから、

「比較」するのだそうです。

 

 

自分の内面が

目の前の現実を創っている

ことを思えば、

 

目の前にそういう対象の人を

登場させたのは

自分である、とも言えますよね。

 

「いいな。羨ましいな」

と思う対象が出てきたときは、

 

「チャーンス!

 次は、私の番だぞ!」

 

と思うと、

 

波動も軽やかになり、

更に、行く先へのイメージが

より明確になり、

 

前進していかれると

思います~虹キラキラ

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で自分に

リフレーミングをしていると、

 

単なる「言い訳」

なっているだけのような

気がしてしまいます。

 

・・・という方、

時々いらっしゃいました。

 

本当に真面目で、

頑張り屋なのですよね。

 

リフレーミングとは、

 

ある問題や状況

(大抵なネガティブなこと)を、

異なる視点や意味づけの仕方で

(ポジティブに)捉え直すことです。

 

例えば、

 

「私って優柔不断なんだよね」

 

と言う方がいたときに、

 

その「優柔不断」という状態について

 

 

「でもそれって、

 視野が広いってことじゃない?」とか

 

他人の意見に耳を傾けられるって

 ことだよね」

 

という風に、よいところに目を向け、

捉えなおす作業です。

 

で、

 

これは、他人同士でやると、

あまり「言い訳」と感じないけれど、

 

(なぜなら、捉えなおしをしているのは

 他人なので、あくまで「他人の意見」

 と考えられるから)

 

自分に対してやっていくと、

「言い訳」みたいに感じて、

またまた更に自分を責める材料に

なってしまうことも。

 

例えば

「あーあ、今日も寝坊しちゃったショボーン

 ↓(リフレーム)

「・・・でも、自分を大切にできたって

 ことだよね!照れ

 

とリフレームした場合、

人によっては、

「自分を甘やかしているだけじゃん」

と思ってしまう、と。

 

分かります。

 

でも、

 

…そんな風に考えて

自分を責めちゃうような人は、

 

絶対に、

自分を甘やかしっぱなしに

したりしないので、

大丈夫だと思います。

 

むしろ、

ちょっとくらい

言い訳を赦してあげてもいいのではにっこり

 

 

自分が

「上手くできなかったこと」を

ポジティブにとらえなおすことが

「甘やかす」ことになると

感じてしまうのは、

 

それはそれで苦しいですよね。

 

いつも自分に厳しく

否定するクセが

ついている人にとっては、

 

リフレーミングをすることで、

 

「甘やかす」

というより

「自分に優しい視点をもつ」

という練習になるんじゃないかな~

 

と思う、今日この頃です。

 

ビバ、セルフラヴ!

 

 

 

 

 

 

「自分が変わると覚悟する」

 

みたいなこと、

 

私も結構書いてますけど、

 

書きながら違和感を感じる、

そんな自分も在りました。

 

なぜ違和感があるのか。

 

言葉の使い方なんですけれど、

 

「自分が変わる」

 

という表現が、

誤解を生みやすいからじゃないか

と思ったので、

 

今日はそれを書きます!

 

 

 

「自分が変わる」

「自分を変えなきゃ」

 

って、

 

まるで、

「今の自分は駄目な人」

みたいに感じませんか?

 

「駄目だから、変えなきゃ」

みたいな。

 

確かに、そういう意味で

使っている人も多いと思うし、

 

ずっと同じところを

ぐるぐる回って苦しんでいる人に対して、

 

「行動」(変化)を起こして

違う未来を迎えるっていう

別の視点を伝えるためには、

 

こういう言い方をするのも

とてもよく分かります。

 

でも、

 

本当の本当の意味は、

 

「そのままのあなたを

 受け入れて、

 ありのままで

 いいんだよ・・・って

 いうふうに、変わる」

 

ということなんじゃないかと

私は思うのです。

 

ずっと我慢して、

自分を後回しにして、

疲れ切っているあなたが、

 

そこからなんとかして

楽になりたいなと思って

行動を始めたときに、

 

「ありのままの自分を

 受け入れられるようになるように、

 自分を大切にできるように、

 変わっていいんだよ」

 

ということなのではないか、と。

 

 

・・・そうすると、もしかして、

 

「ありのままでいい=変わらないでいい」

 

という言葉の方が、

適当なのか?!

 

・・・まあ、どちらの言葉が

その人に響くのか、

それは分かりませんけれども~、

 

真面目な方ほど、

 

「〇〇しなきゃ」

(この場合、「変わらなきゃ」)

 

という言葉を、

 

ストイックに自制する方向に

捉えてしまいやすいわけです。

 

引き寄せの法則的にいけば、

 

「私、変わらなきゃ」

というフォーカスは、

 

「自分は

 変わらなきゃならないような

 存在だ」

 

という方向により集中してしまう

可能性があって、

 

そうすると、結局、

変われない・・・という・・・ガーンガーン

 

 

もちろんここで、

 

「理想の自分になっている

 (変化している)

 イメージを描いて

 満たされた気持ちの状態をつくる」

 

ことができるのなら、

それでいい(その変化の方向でいい)

のだと思います。

 

どちらにしても、

 

いまの自分の声を聴いて、

自分をまるっと受け入れて、

自分を好きになれるように、

 

自分を大切にできるように、

 

あなたも私も


きっと

変わっていきますね❗️

「お金がなくて、

 経済的に豊かになりたい」

 

と思っているのに、

 

そういう話をするとすぐに、

 

「豊かさは、お金だけじゃない」

 

っていう話をされる。

・・・正直、

やる気なくなるんです・・・・。

 

 

・・・わかるー。

 

ほんと分かる。

 

これ、正直な気持ちだと思います。

 

お金では買えない、本当に

大切なものがあるのは

よーく分かってる。

もう大人だし。

 

でも、私は今、

「お金」の話してるんですけどーっ!

私に今必要なのは、

「お金」なんですよねーっムカムカ!

 

という気持ちになるんですよね。

 

この感覚、認めるのは大事です。

 

だって、自分が「今」欲しいのは、

お金なんですから。

 

そして、そこまで思う人は、

 

「自分が、なぜ、いくらくらい、

 いつごろまでに、

 欲しいのか」

 

も、結構明確にしていること、

多いんじゃないかな。

 

 

なぜ、

「お金がほしいんだ」

と言ったときに、

「豊かさは金だけじゃない」

と言われると

イラっとするか、

 

それは、

 

ごまかされているような

気がするからですよね。


結局「我慢しろ」って言われてる

みたいな感じ。

 

「だーかーらー、

 お金が必要だって言ってんじゃん」

 

ってやつです。

 

確かに、

もしかすると、

 

あなたの「お金が必要」という話を、

なんとなく煙に巻こうとして

そんな話をする人もいる

かもしれないけれど、

 

 

実は、

 

「お金が本当に必要な時ほど、

 目の前の、すでにある豊かさに

 フォーカスする」

 

って、大事なんですよ~。

 

 

量子力学的な「宇宙の法則」にも、

引き寄せの法則にもありますが、

 

人が、本気でフォーカスしたものが

現実となって現れます。

 

ということは、

 

「お金が無い」

という

「無い」状態にフォーカスし、

そこに集中してしまうと、

 

現状を、望む方向に

動かしにくくなってしまうんです。

 

それならば、

今「お金」は「ない」

かもしれないけれど、

 

目の前の「ある」ものに

フォーカスすることで、

「あるある」の波動

出していくことができます。

 

さらに、

 

あなたがもし、具体的に、

 

「何のために、

 いつまでに、

 いくらくらい欲しい。

 そのお金で、

 こんな楽しい幸せな

 未来を手に入れる」

 

と明確にしているのなら、

 

そうなっている状態を

イメージしていけばいいわけです。

 

もちろん、潜在意識にある

思考パターンや、

お金に対するマインドブロックなどが

それを邪魔することもあるので、

 

潜在意識へのアプローチが

必要になる方もいますが、

 

でも、まずは、

 

「自分がすでに持っているもの」

に目を向けて、

「無い」の波動から

「ある」の波動へと変えることを

意図する、

 

それはできると思います。

 

 

日々の生活をこなす中で、

ついつい

目の前の現実に翻弄されてしまうけれど、

 

でも、もっと先の

自分が望む未来のために、

 

何かに取り組めたらいいですよねクローバー

 

 

 

 

自分の目の前に起こっている現実は、

自分の内面が現れたもので、

100%自分に責任がある。

 

ということは、分かってはいますが、

 

でも、でも、やっぱり、

 

何が原因・理由なのか

分からないし、

 

だれの責任かも

よく分からないことが、

 

目の前で起こってるよーっえーん

 

・・・・と、感じてしまうことって、

 

正直、ありますよねえ。

 

 

・・・まあ、宇宙の法則的には、

全て自分の責任なんですけど、

 

 

でもやっぱり、

「よくわかんない」。

 

そして、

「でも何とかしたほうがいい」

のは分かるけど、

 

「どうしていいか、

 何していいかも

 わからない時」。

 


もちろん、

 

ありのままを受け止めることが

大切ではあるけれど、

 

それって結構難しい。

 

そして、

果たして自分が

ありのまま

受け止められているのかどうか

分からないとき。

 

さらに、

何もしないで、

じっとしていられないようなとき・・・。

 

 

そんな時は、

 

身体を清めると

いいんですってよキラキラ

 

ざぶーん。

 

 

・・・いい、というか、

 

とにかく、

何かをせずにはいられないけど、

何していいかわからないときは、

 

お勧めします。

 

「身体を清める」というのは、

要するに、

 

きれいな水で手を洗ったり、

湯船につかったりして、

身体を清潔にするということ。

 

それによって、

罪や穢れを落とせるそうです。

 

日本人のDNAに刻まれた(?)

神道における、

「みそぎ」ってやつです。

 

とにかく、

自分についていそうな

良くないものを

落とすんです。

 

これなら、出来そうですね!

 

 

さらに、それでも足りなければ、

お掃除するといいみたい。

 

「洗う(掃除する)」

ということに対しては、

心理的な改善の効果があるそうです。

 

 

 

何かに困ったとき、

 

解決をするための行動として、

 

その時の自分に

何がしっくりくるかは

分からないけど、

 

もし何をしていいかわからず、

 

じっとしているのも

辛いなら、

 

出来ることを、

出来る方法でやってみる。

 

そうすると、

効果が出るかもしれないし、

 

気付いたら、

時間とともに

解決していることも

あるかもしれない。

 

 

結局、

 

本当の本当は、

何が理由となって解決したのか、

明確には分からないことも多いし、

 

解決のきっかけは

一つだけとは限らないから、

 

出来ることを、やるグッド!

 

そして、

それをやった自分を、認めるグッド!グッド!!

 

…そんな風にして、

 

今、留まっていられない自分と

付き合ってみるのも

いいんじゃないかと思いますウインク

 

 

 

 

 

母親と子供って、

結構つながっているんですよね。

 

実際に何か目に見えるもので

つながっているわけではないけれど、

 

「つながっている」。

 

 

母親が体調を崩すと、

子どもも具合が悪くなる。

 

・・・・結構、

 

そう感じられている人

 

多いのではないかなあ。

 

 

母親が体調を崩すと、

 

子どもは、

 

自分が、母親から

保護をしてもらえなくなる

 

という不安から、

 

より保護が必要な状況を創るため、

 

体調を崩す、

 

という話を聞くことがあります。

 

もちろん、子供が

そんな計算で動いては

いないと思うけど、

 

この「感じ」は

多くの母親が感じたこと

あるのではないかと

思います。

 

他にも、

 

母親が体調を崩すと

子どもも崩す、

その理由として

 

母親自身が体調を崩して

休みが必要なんだけど、

 

自分のためだけに休めない、

というブロックを持っている方の場合、

 

「休みたいなあ・・・」

と思っていると、

 

それを子供の魔法センサーが

ぴぴぴと感知して、

 

母親が強制的に休める

状況を作るべく、

子どもが体調を崩していく・・・・、

 

ということがあるんだそうです。

 

もしかすると、

 

「あ、そうだったかも」と

 

心当たりのある方も

 

いらっしゃるかも。

 

 

・・・いや、そうはいっても、

これね、

 

子どもが具合悪いと、

 

親は、仕事休んでも、

結構大変だったり、

眠れなかったり、

忙しかったりして、

 

結局「休養」はとれないんですよ。

 

更に、

人によっては、

休むことで収入が減るという

不安と向き合わなければ

ならなかったり、

 

職場の人にいい顔されなくて、

肩身の狭い思いをしたりもして、

 

辛いんです。

 

 

 

「自分を一番に大事にしないと」とか、

 

「時間がないって言い訳ばかりしないで

 時間は作っていくものだから」とか、

 

そういう話を聞くと、

 

「それは最もなことだな。

 何もしなければ、

 なにも変わらない」

 

とも思うけど、

 

でもやっぱり、

物理的に、相対的にみて、

 

子育てと家事を仕事をしている

お母さんは、

 

ほんと~に、

自分以外のことに

時間をとられます。

 

事実です。

 

だってだって、

 

他に、家事や育児を

してくれる人はいないし、

自分が稼がなきゃなんないし、

 

他にもいろいろ舞い込んで

きたりする。

 

忙しいんだもん。

本当に

忙しいんだもん。

 

子どものことは本当に愛おしいし、

大好きで、幸せな時間も沢山ある。

家事だって、きちんとこなせると

それなりの達成感はあるし、

自分が必要とされているのも

よく分かる。

 

良いことも沢山あるけど、

 

でも、

でもお~・・・・、

 

ああ、もうほんとに、疲れたなあ、

 

と感じること、ありますよね。

・・・切なくなります~。

 

もう本当に。

 

 

でもね、

 

だからって、

諦める必要はないんです!

 

 

あなたが、まずは

本当の、本当の、本当の

自分の望みを知ること。

 

できれば、

紙に書き出してみてください。

 

望みを知ろうとすることだけでも、

 

行動を変えはじめた、

ということになります。

 

そしてさらに、

「書く」

という作業が、

 

ぼやけたイメージを

観察できる状態へと導き、

脳の標準を、

そっちへ向けることができます。

 

 

書く時間もないのなら、

 

今はSNSが発達していますから、

 

SNSを利用して、

 

ほんの短時間でも、

同じような境遇の他の人の話を知ったり、

自分の意見をアウトプットする機会を

作ることも出来ます。

 

それも難しければ、

 

寝る前、

目を閉じたとき、

寝落ちする時に、

 

「私は今日もよくやった。

 偉い。

 ありがとう!」

 

って唱えながら寝るのを

続けるだけでもいい。

 

とにかく、

 

少しずつ少しずつ、

自分に目を向ける癖を

つけていくんです。

 

 

大丈夫。

 

自分のために、

出来ることは、あります。

 

 

 

日ごろから

無理しているお母さん、

頑張っているお母さんが、

 

自分を犠牲にしてばかりではなく、

 

自分が本当に

「どう在りたいか」

に気づき、

認めて、

行動していかれたならば、

 

きっと世界は変わっていくと思います。

本当に自分のことが

嫌いだという人が、

 

自分と向き合うのが辛い

一番の理由は、

 

「自分の嫌な面を見るのが辛い」

 

というよりも、

 

 

「思い出したくないことを

 思い出すことになるから」

 

なのではないかと思います。

 

黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花黄色い花

 

 

本当に自分のことを嫌いだ、と

 

深くそう思っている人は、

 

自分の駄目な部分、

嫌だと思う部分に

改めて直面しても、

 

「そのこと自体には

 ひるまない」

 

ことが多いです。

 

なぜって、

 

だってもう、

「自分は駄目な奴だって知ってる」

し、

 

自分にあまり期待をしていないから。

 

だから、

自分の醜さみたいなものに

直面しても、

 

分かりやすく、その場で

感情が大きく動くことはない

のでしょうね。

 

こういう方々の多くは、

 

客観的に相手・状況を

観察しようとする力や、

 

自分の感情を

コントロール

しようとする力が

強い(意識して行える)

 

ように感じます。

 

優秀で、優しいかたが

多い気がします。

 

 

 

・・・ここで・・・・

 

例えば、

 

「自分は特別に優れた人間ではない」

ということを、

 

他者比較ではなく、

自分を尊重し、

自己価値を知り、

 

他者のことも対等に

「素晴らしい存在だ」と思っているなら、

 

それは「自分軸」をもって

そこに「在る」ということで、

 

自分の望む未来を自分で理解して

歩いていかれると思います。

 

でも、

 

根本的に

自分を大事にできていなかったり、

 

過去のトラウマから、

「同じことが起こらないように」と

思い、

感情感知レベルを落としているのなら、

 

どこかで、

自分に向き合う時期が来る

ように感じています。

 

そして、それはきっと、

 

本当に本当に辛いことがあって、

 

もう本当に、

自分と向き合わざるを得ない

ところまできて、

 

やっと、

その作業を始める場合が

多いように思います。

 

 

あなたは、どうですか?

 

 

自分と向き合うというのは、

 

しんどい。

 

 

嫌な記憶が出てきたときは、

 

嫌だったということ、

頑張ったということを受け止めて、

 

「必ずしも、同じことが

 起き続けるわけではない」

 

という真理に目を向けてみてください。

 

 

アインシュタインの言葉で、

 

「狂気とは、

 同じことを繰り返して

 異なる結果を期待することだ。」

 

という有名な言葉がありますね。

 

これは、要するに、

 

「自分の中に変化を起こせば、

 当然、違う結果を期待することができる」

 

ということ。

 

あなたが

自分に目を向けて、

自分の感情や思考、信念、価値観を

意識し始めたこと、

 

その大きな変化は、

 

必ず、あなたに新しい現実を

運んでくれると思います。