こんにちわ ゆうじです。

 

書きかけて、はや半年。早いねぇ

 

「学び」の4段階については、こちらの漫画で知ったのですが、浅堀してみます。

 

ちなみにこの漫画を読んでいれば、いろんな詐欺に引っかかることも無くなるかもしれない(笑)

いろんな詐欺や騙しのテクニックや犯罪の手口の紹介や対策なんかを経済学?を絡めています。

心理学でないところが、またね面白いんですよ。勉強にはなります。

ネットワークビジネスとか、デート商法とかそういう類のものを、痛快にぶった切っています。

 

ハーバード大での経済学の教授が、何故か学生として入りしかも野球部に入部する。というのは、強引な話ではありますが、そこは、まあ漫画ですからね。

(日大のアメフト部の事件をヒントにしているようにも思えますが、もっと大変な大学になっているお話です。)

そこで加茂教授が、同じ野球部員の大学生に、何故ここにいるのかと問われ、学びに来たと説明する際に、勉強と学びの違いとその4段階について語っています。

 

知る:事実ないし確実とされている知識や情報を「知る」こと、記憶すること。
理解する:個々バラバラな事象がお互いに一定の関係を持つものとして見えてくる、あるいは、見えるようにすること。
疑う:既存の分析を「疑う」ことから新しい「問いかけ」が生じ、それが「新しい」事実の発掘につながること。
超える:「疑う」という段階を超えて、事実や現実に対置される新たな「適切な」可能性を追求し、時には新しい境地に帰依すること。

 

日本は、この「知る」「理解する」に重きをおいて、「勉強」と呼んでるフシがあるとも語っている。

同じ野球部員に「学び」に導くための分かりやすい例えとかを云ったりもするのですが、それは置いておいて、

 

実は、この学びの4段階の出典は、こちらのようである。

 

 

ただ、なかなか読み進められない。知的レベルの差を感じて読むのがツライ...所々に共感できる箇所もありますが...序盤の福沢諭吉関連の話は、つまらないんだが、後半関連してくるし...

 

で、若干、AIの概要から引用させていただくが、

 

元東大総長の佐々木毅氏は「学び」について、語っているのですが、3.11の東日本の震災でよく使われた「想定外」つまりこれまでの経験や知識が通用しない状況下で「知る」や「理解する」だけでは不十分で、「疑い」、そして「超える」ことによって初めて真の学びとなり、乗り越えられるとしています。


それまでの「想定」や「常識」が通用しなくなった時、単なる知識の習得(勉強)にとどまらない「学び」の必要性を強調しています。 


従僕の目(じゅうぼくのめ)を脱する。つまり、自分の都合の良い方向でしか考えない姿勢を捨て、主体的に問い続けることの重要性を説いています。高齢社会や震災後の日本においてこそ、誰もが学び続け、既存の枠組みを「疑い」「超えて」いくことが、閉塞感を打破する突破口になると論じています。 「勉強」が自己完結的なものであるのに対し、「学び」は無限に続くプロセスであり、そこに個人の知的な個性が刻印されるとしています。

 

ではでは、このへんで