こんにちわ ゆうじです。

 

こんなブログを書いたせいか、下の記事が上がってた。

基本的に良い記事なんだけど、一部エゴという言葉に違和感を感じてもいる。

心理学系の云う「エゴ」の話を読んだあとだったので、定義の問題だとは思う。

 

この記事でもそこで使われてる「エゴ」は「エゴイズム」のことだよね。と書いてあるのだけど、スピリチュアル系の人が使う「エゴ」の定義があいまいだから、こうやって具体化するのは、良い方法だと思う。

 

ここであげてる6個以外にも、ありそうだよね。

ただ、他人のには気がつけるけど、自分のは気がつきにくかったりもする。

一つ、一つ自分にある、ないだけではなく、ある時や、場所や状況で出てくるものもあるものだしね。

(以下、青字は引用です。)

①所有欲
②自己顕示欲
③支配欲
④野心
⑤ナルシシズム(自己陶酔)
⑥自己憐憫

そのほかにもたくさんあるようですが、人生に痛みや苦しみをもたらす代表的なものが上記のものです。

ですが、
自身のエゴイズムを発見したとしても落ち込んだり、自己否定する必要は全くないです。
実際私も自己憐憫や自己顕示欲なんかが次々出てきます(笑)
今地球に生きているほとんどの人は
エゴイズムを手放すために生まれてきた
と言っても過言ではないと思います。
エゴイズムを手放すことは過去世から受け継いだものもあり、とても時間がかかることもあります。
もしかすると一生をかけてでも見ていかなければならないこともあります。
なぜならエゴイズムはとても上手に隠れてしまうこともあるからです。
自分の思いや言動の中にエゴイズムがあるかを一人一人が意識していくこと、そしてそれを一つ一つ手放していくことで肉体を持ちながらも地上に天国を作ることができるのです。

 

①から⑥のそのままではなく、「屈折した」とか「歪んだ」を付けるといっぱいあるなと思う訳です。

所有欲も新しいものを欲しがるだけでなく、捨てられないとかもね。

 

自己陶酔とか自己憐憫はそのまま、漫画にあるような人は珍しいというかいなくて、屈折した自己陶酔とか歪んだ自己憐憫とかね。

その面倒くささや鬱陶しさ、気持ち悪さに気づくときがあります。

 

他人のそういうものに気づくとき、実は自分の中にもあるが故の同族嫌悪とかだったりもする。


そして、これらは確かに「人生に痛みや苦しみをもたらす」ものかもしれないのですが、そのもとは何かの不安が原因だったりもします。
それを、手放す時にその不安が解消されてないと、また出てきそうです。

 

地上の楽園はともかく、こころの楽園が作れたら良いですよね。

 

ではでは、このへんで