こんにちわ ゆうじです。
状況を認識するということと、不安や怖れを抱くこととは別物です。
状況を認識した結果、その瞬間に、
見聞したものや過去の経験との一致や類似を探したりが
一瞬の間に行われているのでしょう。<(1)>
その過去の体験を元に一瞬に想像して、
不安や怖れが湧いてきます。<(2)>
その時に、意識が、不安や恐れを生む想像する思考に向いてるのですが、ちょっと注意が必要です。
そういう想像もできるよね。と考えるか、その想像に入り込むかです。
意識が、その思考と一体化した状態になると、厄介です。
意識が、不安や恐れを生む想像に囚われているとも云えますし、
意識が、思考の無限ループに嵌っていると云えるかもしれません。
場合によっては、消化されない感情とセットになったまま、思考ループに嵌る<(3)>
不安や怖れが、永遠機関のごとく再生産されてしまいかねないです。
不安や怖れの感覚を無視して、全てなかったことにする。<(4)>
普通は、(2)の不安や怖れを感じて、問題を認識して分析して解決方法を探します。
自分が出来る事、出来ない事を考えて、出来る事をやると安心します。
だから、足りないのではと考えて、備蓄に走ったりします。
通常、足りないものを買ったり、出来る事をやって安堵します。
買いすぎるのは、欠乏の不安持ってるんでしょうね。
(4)基本的に、これをやる人はレアケースだと思うけど、これを常習していると心を病みます。
自分の感覚を取り戻すところから、始めて、自分の感情を認めてみよう。
が、出来るかどうか...
(3)ここに感情と一体になって嵌ると、結構きついのです。複合的に嵌るときつい。
思考を止めるには、感覚を感じなおしてみましょう。
「考えるな、感じろ」ではなく、感覚に意識を向け続けたら、思考が止まることを覚えておきましょう。
「まず、感じろ」であって、考えるな!では、愚にもつかぬことしか考えないんです。
まず、体感覚を感じるためにも呼吸を整えてください。
出来るだけゆっくりと深く呼吸をして、空気の通るときの感触や温度や音を感じて
はーと声を出しても構いません。吐き続けて苦しさを感じてみても良いくらい。
そして、出来るだけゆっくりと吸ってください。
また思考が始まったら、感情に意識を向けて(2)をやってみてください。
(2)自分の感情を味わうチャンスです。
自分の感情として、不安や怖れを認めてあげるところから。
不安や怖れを抱いているのかな?と自分の感情に意識をむけてください。
もし、誰かの感情であれば、その誰かに自分の意識から退場していただこう。
本人のところへ帰ってもらえば良いだけです。
(1)自分の中にある大切な忘れ物が、かまってと云ってるかも。
それは、肉体のどこかにあるしこりのようなものに感じるかもしれない。
痛みのような疼きのような、そこに焦点をあてることで思い出せるも知れません。
コロナで不安や怖れを感じる時こそ、良い機会かもしれませんよね。
ではでは、このへんで