こんにちわ ゆうじです。

 

自分の置かれた環境の中で自分を最大限に没入させることが出来る人、つまり、自分の意思などという人為を埋没させ、状況に完全に浸りきれる人=主体的な人格という意味です。

 

よくよく考えると、この状況に完全に没頭するというのは「いまここ」の話だよな、と思っていたら、基本的に禅の世界でも同じ言葉があるみたいでしてね。「前後裁断せよ」と言うみたいです。これは、前と後ろをその際で断ち、今に没頭せよ。という教えです。

 

荘子も同じようなことを云ってるのですが、孔子の論語になぞらえて、

「来世は待つべからず、往世は追うべからざるなり」と言い換えています。

 

論語「往く者は諫むべからず。来る者は猶追うべし。」

(過ぎ去ったことは諌めても仕方が無いが、来たる未来はまだ改めることができる。)

と云った孔子の言葉への反論のようでもあります。

 

「来世は待つべからず、往世は追うべからざるなり」の解説は、こんな感じ。

 

憂苦に満ちた人生を生き抜くためには、自らの心をなにものにもとらわれず、解放された状態におかなくてはならない。
 未来、行く末を思いわずらったり、過去の思い出や栄光ばかりを考えるよりも、まず与えられた現在を生き抜くこと、そこにこそ自然に生きる人間の姿がある。

 

 

超訳すると、

 

過去に囚われたり、起きていない未来に右往左往しないで、今やることやれってことだな。

 

ではでは、このへんで