こんにちわ ゆうじです。

 

ちょっと面白いホームページが紹介されていたので、リブログです。

自分が面白いと思ったのは、リブログの記事とは異なり、瞑想法がきっちり解説してあったこと。

 

身受心法・身体の観察・入息出息・瞑想方法 大念処経①ほぐし読み ブッダの教え

 

原始仏教に瞑想法があるのは知っていて、タイのヴィパッサナー瞑想、これがマインドフルネスの瞑想に繋がっていくわけだが、これが経典として存在すると思っていなかった。

 

ヴィパッサナー瞑想

 

ヴィパッサナー瞑想(ヴィパッサナーめいそう、巴: vipassanā-bhāvanā)は、ナーマ(こころのはたらき、漢訳: 名〔みょう〕)とルーパ(物質、漢訳: 色〔しき〕)を観察することによって、仏教において真理とされる無常・苦・無我を洞察する瞑想である[1]。アメリカでは仏教色を排した実践もあり、インサイトメディテーションとも呼ばれる[2][3]。

 

仏教において瞑想(漢訳「止観」)を、サマタ瞑想(止行)と、ヴィパッサナー瞑想(観行)とに分ける見方がある[6]。サマタ瞑想は精神集中であり、高ぶった心を鎮める手段でもある[6][7]。ヴィパッサナー瞑想は洞察(智慧)であり、沈み込んだ心を活気づける手段でもある[6]。通常、ヴィパッサナー瞑想とサマタ瞑想はペアで修習される[6]。ヴィパッサナー瞑想とサマタ瞑想は包摂概念でもあり、様々な瞑想状態もしくは瞑想法は、このどちらかか、あるいは両方に含まれる[6]。

 

マインドフルネスの元となったジャック・コンフィールドとインサイト・メディテーション


身受心法・身体の観察・入息出息・瞑想方法 大念処経①ほぐし読み ブッダの教え

 

ちょっと、仏教的なところは斜め読みしつつ、

呼吸法というか、呼吸を使った瞑想、呼吸を観察し、体を観察し、感受を観察し、心を観察する。

そして、法を観察する。という大きな流れです。

瞑想の中で体を細かく見ていくところとか、面白いなと思います。

ちょっとはまる。

ただ、仏教においては愛というものは執着の要因として捉えられる面もあり、無条件の愛とは別物と考えます。

 

ではでは、このへんで