こんにちわ ゆうじです。
「他人」=「自分」の記事を書いてたあたりに出てきていた記事。
読んでみて、脳科学的な根拠が書かれていないので、調べようかなと云う気になりました。
まとめ記事もありますね。
根拠資料ないねー。
同じように疑問を持つ人もいるようです。
それでも、信じるかどうかはあなた次第って...
(青文字は、引用部分です。)
恐らくこうだろうと云うのは、
脳科学的には、
大脳皮質のうちの新皮質(外側)は形成があとで主語は理解出来てる。
でも、古皮質とか旧皮質とか言われてる大脳辺縁系は主語を理解出来ない。
で、大脳辺縁系にある扁桃体が感情を、帯状回が行動とか動機を司る。
で、大脳新皮質にある分野それぞれで思考や判断を行う。
それぞれで連携をとって物事を行ってる。
大脳新皮質にたどり着いたことに関しては主語を理解してるけど、
大脳辺縁系で処理してる分野は理解出来てないから、
同じ物事をテーマにしたら、主語を理解できる、できてないは両方存在する。
新しい脳は主語を理解できるが
古い脳は主語を理解できない
古い脳は、魚類から爬虫類、ほ乳類へと進化する過程に出来たものってことで、
本能とか、感情を担当する脳の部分が主語を理解できないってことだろう。
それって、ほんとか?
個体の生存本能を意識しない動物いるか?
魚の群生とかならありうるか。それでも同種族だが、
同種としての生存本能とか共存のための機能としてなら、あり得るかも?
古い脳には主語を理解できない部分がある。ってことなら納得いくかもしれない。
自他の区別が出来ない部分がどこかに。
脳科学者の中野信子先生が、自分の著書の中で「脳は主語を認識できない」
とはおっしゃってるようですが、別の脳科学者のつぶやきを見ると、
これ、原論文確認できていません。誰か、知っている人いますか?
とか、つぶやいてるし???
脳科学者が、専門分野の質問に質問で返してどうする。って思うのはわたしだけだろうか?
(親しい友達じゃないのに便利に答えを教えてもらおうとする問題はありますけどね。)
自分が、前記事で引用してる「他人」=「自分」って云うのも、まあ言い過ぎなんですけどね。
ここで言う「他人」も「自分」も、もっと大きな存在の一部に過ぎなくって、そういう視点の自分が見れば、それぞれ内包されているから一緒じゃんということ。
古い脳の担当分野に我々が意識しない無意識の中に潜在意識が含まれて、我々の潜在意識は人類意識とか宇宙意識とかと繋がってるとかなら受け入れやすいかな。
脳は、翻訳機能付きの受信機に過ぎないという説もありますよね。バシャール先生とかですね。
意識と繋がる受信機ですが、肉体を通した知覚に形を与える翻訳のところで過去の体験により歪められたりする問題もあったりするわけです。
個々の意識にアクセスする機能と自他の区別のない潜在意識に繋がる部分とある訳だが、翻訳機の性能は個人差あって、その区別がついてないみたいなのよね。
ちょっと面白くなってきた。次に続けよう。
ではでは、このへんで