こんにちわ ゆうじです。

 

カルマというのも、一つの信念にすぎない。

 

*あくまで個人の見解です。(笑)

と大見えを切っておきながら、カルマがあるとすれば、どういうのが納得いくのだろうか?と考える。
 

一つは、一つ前に書いた自分への決め事によるケース。

強烈な出来事を伴う場合、側面を作り易く、無意識での拘束、制限を生みやすい。まさに自縄自縛。

これは、自分への呪いとも云えなくもない。

 

では、加害者の立場で他者への呪い、精神的な攻撃は?

意識的なものも無意識的なものもあるだろう。

恨みや呪いに類するものだろうか?

 

呪いというと帰りの風という言葉が浮かぶ。人を呪わば穴二つとも云うけど、自分に帰って来るよ。というやつです。
これは、その通り。

 

ディスクやI/Thereのように繋がった魂なら、対象者が自分の魂と繋がった存在なら、それは時限装置付き自爆テロのようなもの。

 

でも、悪いものばかりではなく、良いエネルギーもそうだろう。

祝いというやつだ。

 

恨みや呪いの集団的なものなら、国とか、一族単位のものもあるかもしれないか。

でもなー、基本的にそんな恨みって、対象が不明確で薄まりそうなのよね。

その時のトップなら、対象になり得るか?

 

でも、いずれにせよ、自縄自縛パターンの方が、直接的で強力な気がする。

 

カルマって云ってもそのくらいのもんだろう。

 

というのも、魂の契約的に加害者の立場になることもあるわけで、その上でカルマまで背負わされるとしたら、どれだけマゾやねんとか思う。

 

アルケミカル・ヒプノでも、カルマの対応はあるのだが、ひたすら謝罪と許しへ導くフローチャートになってるのが、納得(笑)

 

こういうのをブルースに聞いたら、どう答えたかな?とニヤニヤしながら

 

今日は、このへんで