カイロ入りクーラーボックスで四時間、放置する。
ブクブクと泡立って、二倍ぐらいの体積になった(たぶん)。
過発酵を防ぐため、この時点で冷蔵庫へ入れる。
発酵しすぎると、逆にパンの膨らみが悪くなるらしい。
この時点で、前回とは全然違う。
前は、あまり香りがしなかったが、今回はクーラーボックスから出した途端に、小麦粉特有の、あの焼きたてのパンのような、甘い香りがしたのだ。
これをガラスの密閉容器に移し、使用するまで休眠させる。
スプーンで持ち上げると、グイッ!と力強い抵抗力がある。
前回はこの時点で、ドロっとスプーンから本種が落ちていたのだ。
正解はわからないけれど、感覚的には元気な酵母に育っていると感じる。
この状態で、二週間ほど冷蔵庫で保存しておけば、いつでもパンが焼けるという。
さらにここに水と強力粉(弱くなったら新しい酵母、もしくは砂糖)を足し続ければ、永遠に酵母が育つというのだ。
酵母は生きているから、常に餌を必要とする。
強力粉の中にある糖分を分解して、エネルギーにするのだ。
昔は発酵器も、イースト菌(イーストはそもそも酵母の意味。ここでは工場生産された酵母を指す)のような種もなかっただろう。
例えばルヴァン種と呼ばれる酵母菌は、一般的なパンに使われるイースト菌とは違い、小麦粉やライ麦粉、そして水に元々存在する微生物を培養して作られたものだ。
小麦粉や水に付いている野生の箘を使い、その季節の気温に合わせて、発酵を待っていた。
それは、今の一般的なパン製法である選抜された純粋な菌の使用や機械による温度管理によるもののように人間がコントロールする作業とは違った過程を経ていただろう。
そうした自然との共存の時間を経たパンは、たくさんの細菌が存在する人間の腸に優しかったに違いないと思うのだ。
純粋ではないことが、短縮された時間ではないことが、腸に負担をかけないのではないか。
前に、日本で唯一の無殺菌牛乳の農場に行った時に読んだ冊子で腑に落ちたことがある。
そこの牛乳には当時、賞味期限がなかった。(と記憶している。)
そこの牛たちは、自然のままに放牧され、ストレスがない状態で育てられるために、抗生物質を投与せずとも、加熱殺菌せずとも、搾り立ての牛乳ではほとんど有害な菌は検出されないという。
その状態の牛乳を冷蔵庫に入れておいて、時間が経つとヨーグルトになります。とか、書いてあって驚いたのだ。
普通の牛乳ならば分離した時点で腐敗したと思い、捨てる、もしくは、そうなる前に市販のヨーグルトの菌を加えて保温し、意図的にヨーグルトを作るということはあるだろうが、牛乳をそのまま置いて、ヨーグルトを作るだなんて、考えられない。
これもパンと同じだ。
昔は殺菌せずとも、絞った牛乳を放置して、自然にヨーグルトを食していたに違いないからだ。
殺菌することで、共生してした菌たちがバランスを崩すことで腐敗に繋がるのではないか?という仮説を打ち立てる。
それは牛や人間の体内においても同じことのように思えた。
抗生物質を投与することにより、(動物にとって)悪い菌は死滅するだろうが、同時に良い菌も死ぬ。
体内に存在する多様な腸内細菌は、その絶妙なバランスで、常に命を分解しようとする細菌に抵抗しているんじゃないだろうか。
とすると、ストレスが大きい動物(狭く薄暗い環境に置かれた鶏や牛、常に緊張状態に晒されている仕事人間など)は、良い菌の勢いをなくし、悪い菌への抵抗力を失うから、抗生物質などを使って、除菌せざるを得なくなるのではないか。
悪い菌というのは、厳密にはいない、とも思う。
なぜなら、死体を分解し栄養に返還する菌がいないと、死体は土に還らない。
自然の生命活動は命を生かそうとする菌(もしくは、生命活動と共生する菌)、死した命を分解する菌がいて、自然はいつもそのバランスの中で、循環してるように思える。
私の目では、酵母菌そのものの活動を見ることができない。
でも、酵母菌がそこにいる感覚は、泡や音や捏ねたときの抵抗力や匂いで感じられた。
私たちは、生き物を食べている。
それは、あらゆる生命を繋ぐ活動でもあるのだ。
だから、厳密な死はこの世に存在しない。
どの命も、私たちの自我による分類の概念を越えて、繋がり続けているのだ。
清潔過ぎる環境では、漬物も、自家製酵母も上手く育たないと言われる。
悪い菌だけを殺すことは今のところ、できないだろう。できるのは、生かす菌の勢いを良くすることだけだ。
早く、パンを捏ねたい!
あの菌が生きてる感覚を手のひらで味わう快感を!



