ぶどう酵母は、フタを開けるとシュワっ!と音がして、ワインの手前みたいな甘いいい香りがした。
炭酸飲料ほどの泡が出ないから、まだかもしれないが、これ以上置くと腐りそうなので、濾して、全粒粉を混ぜて、元種作りに入る。
既存のレシピは当てにならない。
室温が低いから、酵母はゆっくりと発酵していくのだろう。
柿酵母の元種は、二日経っても(間、全粒粉と酵母を足してはいる)二倍になんて膨らんでいないが、瓶から出して捏ねてみると、弾力がある。
そこへ強力粉、オリーブオイル、塩、砂糖、スキムミルク、水を加えて、15分、練り続ける。
生地は、私の手のひらから発せられる温度を察知する。
捏ねれば捏ねるほどに、抵抗力が増していく。
10分ほど経つと、中で湧いてきたガスが潰された生地の中でプシュッと音をたてた。
すごい。
低温状態から私の熱で、酵母が活発に活動を始めるのがわかる。
エントロピーの法則のことを考える。
エントロピーは高くなると、秩序を失って、カオスになる。
生命は、何もしないと高エントロピー状態に向かっていき、やがて死を迎える。
パン生地は、私が熱と力を与えて、混じり合っていく過程で、エントロピーが低くなっていくのか。
グルテンが形成されて、生地は秩序を整えていく。
手のひらの中で、見えない命のようなものが活動している。
そう思うと、生地を捏ねながら、段々、興奮してくるのだ。
ところで、菌には、人に有用なものとそうでないものがあるというが、パンの酵母や、乳酸菌や酢酸菌や納豆菌などがある。
ぶどう酵母をもっと放置すると、アルコールになり、それをもっと放置すると酢酸菌がふえて、バルサミコ酢になる。
だけど、発酵の過程には、発酵させるものそのものに最初から付いている菌以外の菌の作用も関係しているかもしれないと何かで読んだ。
空気中には、身体に有害とされるカビ菌や大腸菌などもいるが、それらを押しのけて、酵母や乳酸菌が優勢になっていうのはなぜなのか。
腐敗した人間の死体にだけ存在する微生物がいるという。
乳酸菌や納豆菌などは、生きている人間に有用だが、じゃあ大腸菌やセレウス菌などは、その中間に存在する、死にそうな人間の中で増殖する菌なのだろうか。
例えば黄色ブドウ球菌は、その辺にうようよいるが、病弱な人にとっては死に至らしめる毒になる。
大腸菌類や黄色ブドウ球菌は、命を分解するトリガーとなるのだろうか。それから、それらが死に至らしめた死体を分解する微生物がそこに付く。それらは、命のエントロピーを高め、周囲との関係性を崩し、そして新たに命を作り直す機能となる。
しかしパン酵母や納豆菌や乳酸菌は、生きてるものをさらに生かすように、エントロピーを低く保つ役割をするのか。
白菜の麹漬けは、5度で三週間経った状態が一番美味しいと判明した。
酸味が私にとっては程よい。
実は、娘の彼氏は、幼少期から腸が弱い。
うちに来てる時も、何度もトイレに通っていた。
一方、娘は、幼少期からものすごい便秘に悩まされていた。
働いてしばらくしても、便秘のせいで仕事に集中できなかったくらいだ。
けれども彼氏と付き合ってから、ぱったりと便秘が治ったという。
そして、彼氏はヨーグルトなどの発酵食品が苦手だと言った。
こないだ娘に鮒寿司(鮒寿司は乳酸菌発酵である)を食わせたら、まずい!と言って、吐き出した。
そういえば、飯寿司も全然食べなくなった。
彼氏と暮らしているうちに腸内環境が変わったのだろうか。
私は、飯寿司や鮒寿司を食べると、めちゃくちゃ腸の調子が良くなるというのに。
微生物のことが、不思議で面白くてたまらない。






