風が吹かず、光を遮るものがない乾いた夜空に星がキラキラと瞬く。
風も水も動かない乾いた大地と空の間には、孤独な物質たちが凍えていた。
たくさんのひとりぼっちが、その孤独を抱えきれずに眩い光の朝に熱をセカイへ一斉に放つ。
熱は雲にも風にも邪魔されず、まっすぐにいつでも全てを飲み込もうとする暗闇の宇宙へと吸い込まれていくのだった。
凍えながらたったひとりきりで留まる小さな粒たちは、熱を奪われた他のひとりぼっちたちに引き寄せられるようにして、くっついた。
一度立ち止まれば、熱はどんどん奪われていく。
この目の前に佇むたったひとりぼっちたちに自分が同化して、たちまち脆い結晶になるまいと、私は無意識に歩き、走り、食べて、呼吸している。
十勝平野には、いくつもの十勝川の支流が縦横無尽に走っている。
晴れの日が多い十勝の冬は、放射冷却による樹氷が多くの川岸にいくつも見られた。
大雪山連峰十勝岳の山々から染み出て、小さな川になって流れ、それらはやがて十勝川というひとつの大河となり、大津海岸に出、太平洋へと注ぐ。
山に登り、川を渡り、海で釣りをする。
その一連の動作の中で私が見る風景はいつも切り取られた一部分だ。
早朝のハッ!とする霧氷の風景が作られる過程を私はその流れそのものとして観察することができない。
だから意識は、切り取られたひとつの点に過ぎず、それに伴う認知はひどく狭いものだ。
考えれば考えるほど、意識は無意識との境目を濃くして、私を私の中に閉じ込める。
私はあらゆる事柄が交差してできたひとつの矢印を持った点だった。
吹いた風に舞い上がる雪がもたらす真っ白な風景の中で、私は前後と左右が不明瞭になりたちまち不安に苛まれる。
私は、どこにいるの?
自然とは、私という存在の不確かさにおいて成り立つ。
点は意識を持った矢印で、私を私だと妄想した。






