きゅうりには、大きくわけて二種類ある。
白い粉が吹き、イボイボがたくさんあるけれど、歯応えが良い四葉(スーヨー)系と、白い粉を吹かず、ツルツルした皮を持つ、ブルームレスきゅうりである。
四葉系の方が原種に近いが、収穫量が少なく、イボイボが消費者に敬遠されてきたこともあり、スーパーに並ぶのはほぼ、ブルームレスきゅうりだ。
四葉系もたまに店頭に並ぶが、多少、高価である。
去年は、黒サンゴだったか、そのまま四葉だったか忘れたが、どちらかの苗を植えたのだが、確かに収穫量が少なく、生育も遅かった。
ブルームレスと比べると収穫量は半分だった。
今年はどちらの苗も売られておらず、その代わりの改良品種であるシャキットがあったので、それを買った。
確かに雌花が多く、成るのもブルームレスより早いようだ。
背丈も低いので、ツルがあまり伸びないうちに収穫できる。
けれどもなんだか、納得がいかない。
良いところを伸ばした代わりに、何か悪いところが必ずありそうな気がするのだ。
ミョウガがいつのまにか、どんどん芽を出している。
枝豆は、雑草と共存している(ただ雑草取りをサボっている)。
マルチにしっかり守られているキャベツの間から、去年落ちたじゃがいもの芽が生えた。
なんばんは、もう食べられる。
気温と湿度の上昇に合わせて、彼らの時間は凝縮され、加速していくみたいだった。
赤ちゃんと大人が持つスピードの違いと同じように。
時間は平等に流れてはいなかった。
だって、エンデが言うように時間は心だから。
アインシュタインが言うように時間は相対的だから。
作物を毎日見ていると、全然育っていないと思うのに、二三日開けると、ものすごく大きくなったと感じるから。





