枝豆を植えた場所は、撒いた間隔で土がひび割れていた。
あの柔らかい芽に、雨で押し固められた土を持ち上げるほどの力があることに驚きを隠せない。
カブは畝の四隅に植えた種だけが発芽した。
他の場所は土を持ち上げる様子すらなく、沈黙している。
これらを残し、植え直しの算段を考えなくてはならない。
ほうれん草は秋まきの品種だったから、すでにとうがたち始めている。
おいおい!どうした、ネギ!
食べるのが追いつかなくて、花を咲かせたあと、自らの首(?)に巻き付くようにして、伸びていく先を見失っているみたいだ。
ひとつの苗が枯れていくとき。
辺りの元気な苗たちの傍で、彼らは静かに土に同化していく。
そしてあとかたもなく、姿を消して、土に還って行った。
その循環を目の当たりにしていると、すべての命は結局はひとつなのだなあと思い、自分が自分だと思えるこの意識だけが自分であり、その意識という証明できないもののあまりの曖昧さに目眩と諦めが同時に沸き起こる。