奇妙な子 | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

  一足早く着替えの終わった私は、ドライヤーをかけている。

  鏡の向こうには、顔を斜め45度下向きに傾け、半ば俯くようにして立ち尽くしている若い女の子が見えた。

  目は虚ろで、口は半開き。

  隣で着替えているおばさんが、その様子を見て、少し驚いた顔をして、半歩後ろに下がった。


  あの奇妙な子は誰だ? 

  ああ、私の娘に違いない。

  久しく見ていなかった、懐かしい"素"の姿の娘である。


  終わったよ。と肩を叩くと、娘は、はっ!と我に返り、「ごめん。またあの世に行ってた。」と答えたから、おばさんはまた怪訝な顔をした。


  それでも娘は昔に比べて、随分と体力がついたと思う。

  トイレに行く暇もなく、一日中、病棟を駆け回っているからだろう。

  学生の頃の平日は、学校と部活をこなし、帰ってきて勉強をして、たまの休日は一日中爆睡していることもよくあったが、今は休日でも毎日外に出掛けるという。(大概、一人で)


  娘は人目があるとき、外行きのスイッチをわざわざ脳の中で押すみたいだった。

  内面に向かう(とは言っても、何かを特別考えているわけではないという)目線を外に切り替える作業を意識的に行わなければならないように私には見える。


  彼女は、世間話や配慮など、他者の気持ちや考えに寄り添うことや、他者の視線を意識することは、性質的に苦手なのである。


  子供の頃はそのことをなかなか理解されなくて友達ができなかったのだが、今は親友も彼氏もいる。彼らにすると娘は、とても楽な存在らしかった。それは、私にもわかる気がする。娘は他者に過剰な期待も依存もしない。彼女にとって他者は、自分に害がなければ風景のようなものなのだ。


  一緒に買い物に行って、彼女はゲームをする。と言うので、着いて行った。

  それは音ゲー?みたいなもので、音楽に合わせて、画面をタッチしたり、ボタンを押して操作する。

  普通の今どきのわりと可愛いお姉さんが、一心不乱にゲームに夢中になっている様子はカオスだ。

  人目を気にせず、汗だくになって画面をタッチしている彼女を私も風景のように眺めた。

  外界を遮断して、自分の世界に引きこもる。

  これが本来の娘なのだろう。

  しかし、こんなに早い動作がこの子にもできるんだな。ナマケモノが、猫に変身したみたいで見ていると面白かった。


  勤める病院には、もう家に帰れないようなお年寄りが入院しているという。

  腕を噛まれたり、叩かれるなんて日常茶飯事だ。

  大量の便をかけられたり、ご飯茶碗をぶつけられたりもする。

  なかには、自分はこんなになって、誰にも役に立てず、むしろ迷惑ばかりかけて申し訳ない。と毎回おっしゃる患者さんもおり、そのたびに彼女は、私もここでは仕事ができなくて役に立ってないから申し訳ないんです。と言うと、その人は、大声で笑って、ありがとう。と答えるのだそうだ。


  先日は余命いくばくもない80代のおじいちゃんが入院して、それがいたくイケメンだという。

  顔もハンサムだが、なにより、表情や佇まいがかっこよくて、ナースたちのアイドル的存在なのだそうだ。


  その病は決して楽ではないはずなのに、その様子を感じさせることなく、ナースだけでなく、周りのおばあちゃんにまで紳士的に振る舞い、時にエロい話をしたりして、周りを和ませるのだという。

  あんなふうに年を取りたいね。と娘は言った。


 世間のスピードは、彼女にとって随分と早く流れているようだった。実際、仕事でも後輩の方が先に違う仕事を任されていたりして、落ち込んだりもする。でも、休日には勉強をしたり、彼氏にご飯を作ったり、彼女なりに努力を重ねているらしかった。


  自分はどうして、こんな出来損ないに生まれてきたんだろう。友達もいないし。(近くには)失敗するたびにそう泣きつかれるが、次の日にはケロッとしている。

  友達は、最近、アプリで探している。

  何度か会ったが、一度で終わる。

  やっぱり、私は人にあんまり好かれないんだなあ。とため息をついている。

  しかし、それでもその行動力は、どこから来るんだ?といつも笑える。

  彼氏は、体力のない娘をジムやスノーボードに誘い、スパルタで鍛えている。

  たぶん。娘はめげない。

  だって、自分には足りないものがたくさんあることを知っているから。


 そして、その足りないものこそが、人と人を繋げるんだといつか気付くときが来るんだろう。

  人は経験を積まなければ、知識は知恵にならない。


  できないことがあるから、人は人でいられる。

  人は足りない部分があるから、欲することができる。

  自分が一人では生きられないことを知り、感謝が湧き上がる。


  生きていることに意味はない。と娘は言った。

  なんで生まれてきたのか、わからないとよく言う。

  確かに意味はないし、別にものすごく欲しかったわけではない。

  でも、あんたが生まれ、育てたことは私にとっては幸福だと間違いなく言える。

  あんたがいなければ、気付けなかったことや、わからなかったものがたくさんあったから。

  その事に、意味や理由が必要?


  便をかけられて、嫌じゃないの?


  むしろ、そういう人はひどい便秘だから、やっとたくさん出た!って思って、なんか嬉しいよ。


  そうか、そうか。キミは、そういう子だったな。