タイマン | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

  ノックをする余裕がないのだろう。

  ガチャガチャとドアノブを回す音がして、勢い良くドアが開く。


  最近では、そのドアのノックの音や、開ける動作で、その人がどんな心境なのかの想像がつくようになった。


  また何かあったな。

  話し手の心の中に渦巻く嵐に飲み込まれないように、ふっ。と息を小さく吐いた。


  もう、いやだ。と言ってから、顔を両手で覆って、しくしくと泣き始める後輩を見てから、私と同僚はどちらともなく顔を見合わせる。

 

  同じ年の仕事仲間に前から思っていた自分に対する不満をぶつけられたらしかった。

  少し前にその子がやっぱり泣きそうになりながら、ここに来たときに私はその子に我慢しないで、不満に思ってることを言ってみたら?と言ったことを思い出した。


  両方の話を聞いていると、私にはどちらが正しいのかは判断しかねた。

  というよりも、どちらが正しいのかだなんて、最初から決める必要がない。と即座につい自分がやってしまう思考の癖を修正しようとする。


  それでも後輩には、ひとつだけわかって欲しいなと私が思うことがあった。

  彼女は自分が手伝っているという体で、その仕事仲間を自分のやり方に従わせようとしているように私には見えたことだ。

  

  たぶんそうすることが、私も一番効率が良く、なんなら見ている人たちからの評価も高いというのは私にもわかる。


  確かに後輩の仕事仲間は、後輩よりも経験が浅い、おっとりした性格で決断力が鈍い面があるように私にも見えた。


  みーちゃんがいつか言った、たったひとつだけ子供たちに願うことの話がいつも心の中にある。

  それは、子供たちが自分の力で考えられること。


  それがみんなの例えば仮の共通したゴールであるならば、1から10まで自分のやり方を押し付けるつもりはなくとも教えようとするならば、それはその仕事仲間の自分で考えるという過程を奪うことにならないだろうか。


  感情的になり、自分を否定されたと思って今、傷ついている彼女にそれを言っても届かないだろう。


  たぶん、その仕事仲間も不満を言うついでに、今まで自分が傷つけられた分、傷つけてやろうという気持ちが無意識の中にあって、ついついキツい言い方をしてしまったようにも思えた。


  優しいのは知ってるんだ。

  あんたがそれが正しいと思って、自分の時間を割いてまで手伝ってることもわかってる。

  みーちゃんが鬼のようにあんたに仕事を教えたこともわかってる。

  でも、その子も私だって仕事にプライドっていうものがあるって前に言ってたんだよ。

  だから、助けて。っ言われるまで、待ってあげたら?


  でも、みんなが私のせいで心を病んだとか、そういうことも言われたんだよ。


  それは良くないね。

  それは、本人にしかわからないことだし、あんたがそのつもりで言ってなくても、傷ついたと思ってることは確かにあるかもしれない。

  でも、少なくとも私はあんたがその子を傷つけたくて、言ってるわけじゃないことを知ってるよ。むしろ、子供たちのことを思うからこそ、みんながいいにくいことをあえて言ってるとすら思ってる。

  きっと売り言葉に買い言葉だったんだ。

  

  後輩は、しばらく泣いてから、心を落ち着けて、静かに部屋を出て行った。


  すぐに仕事に戻り、何事もなかったかのように子供たちと遊んでいる。


  聞いていた同僚が、若いねえ。と笑って言った。

  

  私なんてさ。若い頃の喧嘩といえば、タイマンでさ。

  あの頃、タイマンって言ったら、決まって墓場だったんだよ。

  んで、髪とか引きずり回されて、殴って、殴られて、もうめちゃくちゃだったなあ。


  働いてた飲み屋では、彼氏の元カノが怒鳴り込んで来たりしてさ。

  私の男、取った女どこだ!とか、いきなりビンタされたりさ。


  でも、あのタイマン張った女が、今は一番の親友なんだから不思議だよね。

  私もアイツも、暴走族の頭でさ。


  って、もう。

  いろいろツッコミどころは多いけど、まずタイマンて私の時代にはもうなかったよ!

  まったく、ババアの武勇伝、うぜえ。


  私の毒舌に笑い転げられるほど、同僚は懐が深い。


  まあ、いいんじゃない?

  お互いに言いたいことも言えずに我慢して、こんなところであんたにかわりばんこにグチグチ言いに来るより健全だ。


  確かに。

  

  お互いに顔を合わせて、声を出し合って、言葉をぶつけ合うこと以外に分かり合える方法なんてないのかもしれない。


 そして、こんなことは"取るに足らない。"のだ。

 取るに足らない日常の一部にケンカがあった時代

というのは、今よりもずっと平和だったのかもしれない。と、ふと思う。


  同僚は、生粋のヤンキー上がりだけど、喧嘩慣れしているだけあって、普段から肝が座っているのだ。


  私が考え過ぎてもじもじしていると、あんた馬鹿じゃないの?嫌なこと言われて、黙ってるなんてアホだ!とよく怒られる。


  そういうとき、私はいつも少しだけ泣きなくなるのだった。

  怖いからではなく、普通の人間としての優しさみたいなものに。


  しかし。タイマンって、どうやってやるんだろ。

  漫画とか、ドラマでしか見たことなかったから、本当にそんなことをしている人が現実にいるとは思わなかった。


  ねえ。その子と、どっちが勝ったの?

と聞いた。


  そんなの忘れたよ。

  だけど、知らないうちに仲良くなってた。


  同僚の目頭に濃く引かれた真っ黒なアイラインが、不意に丸みを帯びた。