あの電話が鳴ったのは、年が明ける前だった。
携帯電話が普及して、すっかり出番をなくしている家電は、それまで、セールスか息子の学校からの残念なお知らせでしか、その存在を示さなくなっていた。
今度は何の用事だろう。
持ってもいないマンションを売れ、という妄想癖の強い不動産屋か、それとも誰もが自分のことを太っていると思い込んでいる無駄にテンションの高いダイエット食品会社か、はたまた最近流行りのワクチンのアンケートだという機械音か。
暇に任せて、どんな返事をしてやろうか、だなんて、電話の向こうにいる相手が、自分と同じ人であることなんて忘れ、矛盾を突いてやろうという意地悪な気持ちのまま、電話口に出た。
啜り泣く声と同時に夫の名前を尋ねる女の人の声がして、新手のいたずら電話か?と、元来、臆病者の私は、身構える。
あいにく、夫は不在だが、代わりに要件は私が窺う、と告げると、ただ自分の身内の声が聞きたいのだとその声の主は言った。
ふと、記憶の中に、姿は見たことがないけれど、思い当たる親戚の名前が頭に浮かんだ。
彼女は不遇な生い立ちから来る過去の行いで、親戚中の鼻つまみ者になっているという話を思い出した。
その話を聞いたとき。私は、彼女が可哀想だと思っていた。
だから、親戚の誰もが無視をするならば、せめて私が話ぐらいは聞いてやろうと思った。
彼女との話はおもしろくなかったわけではない。
というよりも、単純に私が経験することのなかった過去に好奇心を持ったからだった。
しかしそれから彼女は、夜中でも仕事中でも、メールや電話をかけてくるようになり、だんだんめんどうだと思うようになった。
なぜ、親戚中が彼女を排除するようになったのか、わかる気がした。
そして誰もがはじめは、彼女を助けてあげたいと努力したことだろう。
彼女は被害者ぶりながら、他人の時間や金を奪ってきたのだ。
そして、そのことに彼女は自身で気付いてはいない。
私は、いい人になりたがる。
中途半端な同情で、無意識に自分が上なんだと思いながら、この出来事にタカをくくってもいた。
しかし、しつこい電話を受けるうちに、彼女が生活面で今は困っていないのなら、彼女の寂しさに同情したという理由で、興味もなく、好きですらない彼女のために自分の時間を割くということが、果たして自分にとっても、彼女にとっても、良いことなのかと考えるようになった。
けれども、まっすぐに拒絶すれば、恨みを買うことになるだろう。
私は半分、嘘をついた。
仕事や用事で忙しいし、精神的にも肉体的にも余裕がないから、あなたの話を聞くことはできない、と。
すると今度は、大丈夫?心配。などというメールが、一日に何度も届くようになった。
それは、私のための心配というよりも、彼女の気持ちの押し付けだ。
なぜ自分の行動が他人に受け入れられないのか。
そこを考えられないから、人が離れていくのだと思った。
信頼する人に相談してみると、やり方がヤクザと一緒だと笑われた。
そういう人は、弱いわけではなく、強いんだ。と。
彼女のような人は、自分が寄生できる相手を嗅ぎ分ける嗅覚に長けているのだろう。
私は、エナジーバンパイヤの餌食になりやすいということを改めて実感した。
可哀想な彼女のために話を聞く。だって?
そんな発想が即座に思い浮かんだ自分の偽善に吐き気がした。
どんな上から目線なんだ!と。
私が彼女と同等であると思うのならば、私が彼女に何かを奪われる存在であってはならない。
彼女が私をひきつける感性や思考を持っていないと思う時点で、私と彼女は友達にすらなれない。
散々、無視する彼女は、私にこう告げた。
私に何かできることないの?
私はそこではじめて、既読をつけて、返事を返した。
放っておいてくれたら、嬉しい。
彼女は、わかった。と言いながら、またその二時間後に、電話を鳴らした。
全然、わかっちゃいない!
私は呆れ返りながら、思わず、吹き出し、鳴りっぱなしの電話の画面を見続ける。
何か知らんが、元気そうだな。
何回も受け取られない電話を鳴らす気力があるんだから、生きてるんだろ。
でも、その気持ち。以前の私ならよくわかる。
寂しさを埋めようとして、誰かの何かを奪おうとするほど、人の気持ちは離れていくんだ。
人は自分の自由が奪われそうになるとき、頑なになる。
彼女を助けられるのは、今の私じゃない。
いや。そもそも助けたいなどと、はじめから思っちゃいなかった。
その薄情さや無力さに愕然としながら、私は彼女に自分の姿を映していた。
あんたのことをおもしろい。
私がそう思った時。
私はあんたを友達と呼ぶ。
しかしそれは、今じゃない。
