ぴー様と私 | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。


  ぴー様は、基本私には懐いていない。


  息子がいなくなり、私とふたり(?)きりになっても、その不遜でよそよそしい態度はあまり変わらない。


  こっちが遊びたいときには、扉を開けてもまったくゲージから出てこず、こっちが忙しい時に限って、出してくれ!と怒りながら狂ったようにくちばしで鈴を鳴らす。


  ぴー様が私にくっついてくるのは、料理しているときと、ごはんを食べているときと、ソファーに横になっているときである。


  料理しているときは、包丁のリズミカルな音が好きらしく、肩に止まって、まな板を覗き込むようにして、自分もタイミングに合わせて身体を震わせる。


  ごはんを食べているときは、私が使う箸先を目で追い、口元を覗き込んでくる。


  たまに勝手にサラダなどは皿から食べる時もあるが、だいたいは肩の上から催促してくる。

  そういうときは、野菜をテーブルの上に上げても食べない。

  トマトやレタスなどは、小さくしたものを口移しで食べたがる。


  いちいち、めんどくさくて無視していると、耳を齧られる。

  


  私がおいで。と言っても来ない。
  たいてい、キーっ!と言って、ゲージの奥に逃げる。

  かと思えば、私がソファーで昼寝をしていると、いつのまにか膝や胸の辺りに乗っかっている。

  こいつ、死んでんのかな?
  こいつが死ぬと、オレのエサ、どーなる?
とかいう、心配でもしているのか。

  目を覚まして起き上がると、すぐに逃げていく。

  ぴー様と私の心も身体の距離も、ちっとも縮まらない。

  けれども、お互いに特別そんなに関心がないながらも、いないよりはいた方がいい。という感覚がどこかで心地よかったりもする。

  膝の上のぴー様に、口笛を吹く。

  するとぴー様は、逃げずに黙って聴いている。

  頭の上の冠羽をピクピクと動かしながら、くちばしを小刻みに震わせる。

  口笛は、お互いの共通の言葉も体温を触れ合う術も持たない私たちの唯一のコミュニケーションかもしれない。
  
  未だ私にはよくわからないタイミングで、ぴー様は突然覚えた口笛を吹きはじめる。

  お?かまって欲しいのかな?と近付くと、ふーっ!と怒って、そっぽを向く。

  稀に気が向いたときは、私の続きの口笛を吹いてくれるときもあるが、そんなことはたまにしかない。

  私が帰宅すると、喜んだように囀ったり、自分の名前を呼んだり、私が吹いた口笛を覚えるのだから、私を仲間だと認識しているのは間違いないはずなのに、いつまでたっても、打ち解けられない。

  でも、ぴー様の気持ちはよくわかる気がした。

  寂しがりのくせに、人と距離を縮めるのが怖い。

  利害が一致する部分で近付いて、心に入り込まれそうになると、すっと巣に帰る。

  臆病者め。どうしようもないやつだ。

  それでも寂しさをちっとも手離す気なんてなくて、むしろ寂しさがある部分で感じられる事柄が無条件で愛おしいのだ。

  ぴー様を見ていると、時々なんだか泣きたくなるんだよな。

   ただ可愛いからとか、仲間がいなくて可哀想とか、先に死んじゃったらどうしようとか、そんなんじゃなく。