カタコトの日本語が、小さな口から発せられる。
アーモンドのような目が、大きく見開かれてから、不意に口角が上がる。
いつのまにか、人間になってる!とみーちゃんは笑った。
どこにいるんですか!
私たちの秘密の活動を察知した後輩が、自分の子供を連れ、仕事帰りの格好のまま駆け寄ってきた。
防波堤の端っこの方にその小さな身体がよろめく度に、冷や汗をかく。
釣り上げた魚を見ると、その小さくて大きな目はキラキラと輝いた。
「ゴッコ、マタ、チョーダイ」
ロッドを持ちたがる子供を背中からギュッと抱き寄せた瞬間に罪悪感が沸き起こった自分に落胆する。
あごにかけていたマスクで、鼻と口を覆った。
あらゆる子供の遊び場が閉鎖されていた。
公園も、室内の公共施設も。
ただ歩くだけの散歩に飽きた子供は、家の中で延々とYouTubeを欲するから、困っているんだと本気で後輩はため息をつく。
一段が自分の背丈ほどもある間隔の堤防への階段をなんなく登る。
ヒヤヒヤしながら見守った。
こんなにも小さくありながら、柔軟な筋肉だ。
果てしない好奇心と何処までも柔らかい肉体が持つ残酷さが、斜めに指した夕陽に反射してキラキラ光る水面で際立った。
この間のカレイ釣りは、それなりに混んでいた。
平日のせいもあるが、ほとんどがおじいちゃんばかりだ。
しかしカレイ釣りやイワシ釣りにいるおじいちゃんたちは、アキアジ釣りとは違い、みな穏やかで優しい。
そしてそれぞれが、仕掛けやロッドやクーラーボックスを運ぶためのキャリーを手作りしていて、決まってそれを私に自慢した。
ほぼ誰もが一人で港にやってくるが、おじいちゃんでも男同志だから、地味にプライドがぶつかり合っているのが、空気でわかる。
しかし、本当は自分がどれだけすごいのかを誰かに自慢したくて堪らない。
行きずりの港の女である私は、それを満足させるのにぴったりなのだ。
けれども私は、それを聞くのが好きだ。
既存のものでは満足できず、自分で考えて自分で創り出す、その過程を話すキラキラとした目を見るのが好きだ。
生きるエネルギーを他者からもらっていた。
言葉を交わし、体温に触れ、同じ光を浴びていた。
