パソコンを買った話(息子に) | 想像と創造の毎日

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  娘のついでに息子のパソコンを大きな街の電器さんへ買いに行った。

  うちには二年前からパソコンがなく、職場でも使わないから、私もそれ以来、触ったことすらなく、どういうものを選んだらよいのかわからない。

  娘のときには、安いのを適当に買って、適当にセッティングした。
  私がよくわからないところは、娘が自分でググッて設定したようだ。

  電器屋さんでパソコンを物色していたら、他の家電を買った時の担当さんが、パソコン関連の担当の方を呼んだ。

  無知で不躾で羞恥心の乏しい私は、一番安いパソコンしか買えないんですが、一番安いパソコンだと何か不都合があるのかと正直に尋ねた。

  まず、CPUの速度が違うという。
  学校で使うなら、リモート授業だろうから、パワポを使うならとか、パソコンの中にゴミが溜まりやすくなるとか、なんとか。

  わかるようでわからない。
  それを察した担当さんは、基本的な設定や保険、ウイルスバスターなど、4万円ほどでいかがですか?と言った。

  パソコンの値段の他に4万円??

  世の中、便利になったとはいえ、その分、セキュリティーを強化しなくてはならず、便利な設定にするまでに随分とお金がかかる。
 
  あ、また、出直してきます。

  散々、説明させたあげくに、半ばお断りしたような形になってしまい、何だか申し訳ない気持ちで店を出た。

  息子は、パソコン関連にまったく興味がない。
  使えればなんでもいい。と言って、特にこだわりはなかった。
  それがまた、一段と困るのである。

  最近は、オレ、今度から学校に制服ないから、もう少し、私服買わないとなあ。
  でも、正直、服って、どんなの買えばいいんだろ?と言う始末である。

  仕方ないから、スマホがiPhoneだからという理由で、MacBookを購入した。

  Windowsのパソコンは、なんだかいろいろめんどくさいという先入観からだ。

  スマホで、AndroidがiOSになったときには戸惑った。
  あまりにも無駄がなさ過ぎて、想像力を存分に駆使しなくてはならなかったからである。

  しかし慣れるとシンプルで、とてもわかりやすい。
  ごちゃごちゃしているものを使いこなせない私に似ためんどくさがりの息子にはいいだろう。

  私にとっては、少しお高かったが、何もかもが娘のお下がりで我慢させているので、まあ、よしとしよう。

  しかし、安いパソコンにいろんなサービスが付けられた値段と、さほど変わらない。
  
  設定は、今の時代、ググればなんとかなるのだ。

  師匠の周りの釣りやエゾシカ猟の友人たちは、道具やエサをネットで安く購入したり、釣りのポイントをiPadを使って記憶させたりしているらしい。

  時々、そのことを師匠は羨ましがるのだが、私にはよくわからなかった。

  壊れても古い道具を組み合わせて修復し、新しいものを作ったり、ナビなんてなくても、地図を見ればすぐにその道順は記憶することができる。

  師匠が大事にしているガソリンスタンドからもらった地図や、大学ノートに書かれた昔からの友人の名前や住所を見る度に、なんだか胸がギュッとなるのだ。

  昔はものがなかった。
  あっても高かった。
  それでも、隣近所でいろんなものを分け合った。
  得意な人が苦手な人を助けた。
  時々、殴り合いのケンカをした。
  ずるいやつほど、儲けてもいた。
  いい人は損をした。
  
  

  人は不快なことを拒絶し、幸福だけを追い求めながら、人や自然の温度が感じられなくなる距離へ離れて行くような気がした。

  それでもそんな師匠でさえ、昔の生活には戻ることができないだろう。

  師匠は、昔話を私に聞かせながら、便利さが失わせていったもののことに思いを馳せている。

  それは決して取り戻せないから、美しいのだろうか。

  雨が降っている。
  積もっていた雪は、どんどん溶けていく。

  長い死の季節は、雨を合図に躍動の季節へ向かう。

  誰にも見つけられない川の氷の下で、魚たちが今か今かとその時を待っている。

  そのことを想像すると、ふと愛おしさがこみあげてきて、心が温かくなった。