田舎の子 | 想像と創造の毎日

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自分で撮影しております。

  息子に引っ越す準備を徐々に始めろと言ったら、オレは持っていくものがそんなにない。と言われ、確かに息子は服をはじめとして、物をそんなに持っていないということに改めて気付いた。

  同じ学校に行くにあたって、娘にいろいろと指南してやれ。と促したら、娘はクラスには男子が少ないから一見、団結してるように見えたけど、所詮田舎の子ばかりじゃないから、息子と気が合う人がいるかは微妙だ。

  しかも女子だって、うちらみたいな底辺だからこそ他人に干渉しない奴らもいれば、勉強ができてもマウントを取ってくる人もいるし、今の高校よりも勉強ができる人がたくさんいるからと言って、人間的に成熟しているとは限らない。と半ば、脅しのような言葉をかけた。

  息子と娘が通う高校は、偏差値がすこぶる低いけど、低いからこそ、悪巧みが大人にバレやすいという単純な子が多かった。

  勉強で競争をしないから、成績がいい子と悪い子はまっぷたつに分かれたけれど、それで僻むような子もそんなにいなかったようだ。

  中学時代を引きずって、女子特有のヒエラルキー構造を形成する場面もそんなにないし、あったとしても(昔でいう)ヤンキー気質の子たちも多いから、ドロドロした関係になることもないのだろう。

  オタクは胸を張ってオタクであるし、ヤンキーも堂々とヤンキーなのである。

  だいたいオシャレをしても、所詮田舎だし、いきがってもたかが知れてる。
 
  そのことは、田舎人であることと、勉強ができないことで起こる特有の卑屈さで、自分を貶めることなく、いい意味での諦めなのかもしれない。

  息子のために探していた物件は、今の家よりも古くて、不便だ。
  けれども、今の家の前に住んでいたところよりはずっと新しく、綺麗そうだ。

  息子が小学校まで住んでいた我が家といえば、狭くて、少し前まで汲み取り式のトイレで、シャワーがついていなくて、ひどく寒い家だった。

  息子は昔の家を思えば、耐えられる。と言った。
 エアコンだけが付いていれば、他はどうでもいい。とは言っているが、今の環境に慣れていれば、始めは不便だろうなと思う。

  思い返せば昔の家は、野生が近くにあった。

  夏はアリの大群が、台所めがけて一直線に列をなし、鳥肌を立てながら殺虫剤をかけ、冬は灯油ストーブの煙突からスズメが侵入していて、それを逃がすために大騒ぎだった。

  野良猫の集団がやってきては、車のボンネットの上で昼寝をしていて、何度も追い払うのたが、ボス猫は全く動じないばかりか、時には死にそうな子猫を近くの木の枝の間に置き去りにして、さも人間に引き取って欲しいかのように、草場の影で息を潜めていることもあった。

  仕事から帰宅すると、猫アレルギーの息子が友達と子猫を家の中に入れていて、目を真っ赤にしていた。

  同じく酷い猫アレルギーを持つ私は、発狂しそうになりながら、元の場所に戻してこい!と怒った。

  もう息が絶え絶えのその子猫を息子とその友達は怒りつつ、少し泣きそうな顔をしながら、木の枝の間に戻した。

  親猫が諦めた命を助けることもできるかもしれないけど、ママはその命に責任を持てない。
  きっと、この状態じゃ、飼う人も見つからない。
  
  猫の自然な世界に返してやれ。とその時は言った覚えがあるけれど、それが正しかったとも思えないし、今でも思い出すと心は少しだけ痛んだ。

  

  自分が経験してきたことで、乗り越え、知ったつもりになっていることが、誰にとっても正解にはならないし、仮に私に教えられたことを疑うことなく従うような子供になっていたとしたら、私は人間を育てていたわけではなく、奴隷を作ったことになるのだろう。

  押し付けられたと思うことで、まっすぐに反抗してきた息子は、ある意味、正常な人間なのだった。

  めんどくさがりなくせに、どこかで世話好きで、自分の持論を述べることが大好きな私は、内なる支配者気質を持て余していて、そのことに時折、恥ずかしさを覚えるのだった。

  完璧ではない私は、自分がそうであったように、子供たちの反面教師である部分で、彼らの心の自由に火をつける。

  毎日、今までにないくらいにリビングで本を広げているから、テストが終わったのに何をしているのかと尋ねると、自動車学校の勉強だった。
 
  質問されても答えられない部分がある私に、息子は訝しげに首をかしげる。

  あのな!田舎と都会の道路は違うんだ!
  いや。昔と今は、道路交通法が変わっているのかもしれん。

と言い訳すると、そうなんだねえ。と深追いしてこないから、息子はだいぶ大人になったのだと、なんだか少しだけ、寂しくなるのだった。

  いいか。
  もし、都会の女子たちに、センスがダサいとか言われたら、こう言ってやれ。

  オレは、服のことは知らないが、鮭とワシのことは知っている!と。

  なんなら、パスタの茹で具合はプロ並みだし、玉ねぎのみじん切りはここにいる誰よりも速いだろう。

  それでもダメなら、彼女の写真を見せてやれ。
  このブスが!引っ込んでろよ!ぐらい、言ってやれ。

  それは最低な男だなあ。と、半ば本気でまくし立てる私に、息子は苦笑いしながら、焦点の定まらない遠くへ視線を移した。