自由からの逃走 | 想像と創造の毎日

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  一都三県で、緊急事態宣言とやらが発令され、飲食店は8時以降の営業の短縮、都民や県民には不要不急の外出の制限などが、要求されている。

  単純に不思議に思うのは、8時より前に飲食店の営業が終わってしまったら、人々は勤務時間の後に来るだろうから、その時間が混雑したり、また、今まで外食していた人が、勤務時間が終わったあとにスーパーなどに殺到して、余計に密な状態を作るのではないか?ということだ。

  不要不急の外出の制限により、宅配業者は忙しくなり、その荷物にはもしかしたら、ウィルスが付着しているかもしれない。

  実際に去年の緊急事態宣言のときには、平日の夕方の地元のスーパーはとても混雑していた。

  私が感染したアデノウイルスと見られるウィルスは、大勢が集まる場所に出かけた訳でもないのに、長く私の体調を狂わせた。


  自営業の方やサラリーマン、役人、給料の高い熟練労働者といった中産階級の人たちだったそうだ。

エーリッヒ・フロムは当時の中産階級にインタビューを重ね、その結果を『自由からの逃走』という本にまとめた。

フロムは当時のドイツの中産階級の人たちに、権威主義的なパーソナリティの持ち主が沢山見られることを見出す。

権威主義的なパーソナリティとは、自分より強いと思う相手にはペコペコと服従する一方で、自分より弱いと思う相手には一転して偉そうな態度をとり攻撃的になる性格類型のことを言うそうだ。

そして、普通の人達が心の中に持つ、ルサンチマンと呼ばれる部分にヒトラーは訴えかけ、自身の支持者を増やしていったのだろうと私は思った。

このコロナの騒動で、私たちはテレビでひっきりなしに医療現場が逼迫する様子を聞かされている。

しかし、私の身近な病院ではどこも閑散としていて、私が眼科にかかっている昔勤務していた病院では、いつもの半分の患者しかいないと、その時代に一緒に働いていた同僚は言っていた。

つまり、熱を出した患者さんは、PCR検査ができる大きな病院に行くか、そうじゃなければ自宅で療養しているということになるだろう。


医療現場で勤務している方たちが、なぜこんなにも大変な思いをしているのと調べてみると、いろいろな背景があることに気付く。


  私の職場では、年末にコロナの感染者数が多い街に帰省した人に対して、批難めいた言葉を口にするのは、同じ職場で自ら我慢をしている人違だ。

  帰省することを職場から、完全に止められているわけでもないのに、そういう人たちを排除しようとするのは、こういう一般の人たちなのである。

  世間で言えば、夜の街で飲み歩く人たちや、遊び回る若い子たちが批難される対象になるのだろう。

  しかし思うのだが、緊急事態宣言により、自粛した飲食店にいくらかの補助金が出たとして、そこで失われたものを取り戻すためには容易ではないことがあるような気もする。

  儲け主義に走らない飲食店ほど、弱い人達の支えになっているところもあるんじゃないかと思ったりもする。

  こんな状況が続いて、先が見えないと思い閉店していく店舗をどこかが安く買うこともあるだろう。

  そして、使われた税金を取り戻すために、どこに増税をかけるのかと言えば、それはお金持ちの企業ではなく、一般人に対してなのだ。
 
  そして、中小企業は潰れていき、大きな企業だけが生き残る。

  国は多様性を失って、ますます権威主義的な思考に陥るのではないかと思う。

  人が奥底に誰でも持っているのだろう、ルサンチマンを無意識に刺激されて。

ーニーチェによれば、
   ルサンチマンを持つ人とは
「本来の『反動』、
  すなわち行動によって反応することが
  禁じられているので、
  単なる想像上の復讐によって
  その埋め合わせをつけるような徒輩」
  である。ー
 Wikipediaより



  ならば、どうしたらいいのかと、私はいつも考える。

  自分に湧き上がる怒りや悔しさ、そして羨ましさという感情の状態を知り、自分が人を排除したくなる理由を探す。

  そして、そこから来る言動や行動は、その感情に基づいていないのかどうかを考えなくてはならないような気がした。

  嫉妬はいつも、自分の手の届かない存在に対して起こるのではなく、自分が手が届きそうだと認識している場面で起こるのだった。

  それを正当化する理由を権威者の発言を鵜呑みにして、本来争うべきところではない場所で、争うことにならないように、と。