お世話される女 | 想像と創造の毎日

想像と創造の毎日

写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。



  ふらふらと新しい港を開拓するべく、車を走らせる。

  ロッドも仕掛けも、何が釣れてもいいように一式、車に積んでいる。

  どうやら大物(本命)のアキアジ(秋鮭)は、知床のみで賑わっているらしかった。

  人気を避けるように、太平洋沿いを東に走る。

  たどり着いたのは、釧路の港。  
  港の名前は知らない。


  アキアジの竿の静けさの反対側では、キラキラした小さな魚がピチピチとしゃくりあげられていた。

  気の良さそうなおじさんに尋ねてみると、イワシだという。

  ノープランで行っても大丈夫だ。
  女の人なら、オッサンは優しい。
  
  師匠が言う通り、不器用で、何が何だかわからない私に、周辺のおじさんたちが集まってきて、手取り足取り教えてくれる。

  まき餌を持ってこなかった私の釣り糸の場所に、何度もオキアミが投げ込まれる。
  まるで、おひねりのようだ。

  すると、ピクリともしなかった私の竿先は、右へ左へと走り出し、面白いようにイワシはどんどん釣れた。

  しまいには、おじさんお手製の、自動で竿が上下する機械まで借りて、もはや、自分で釣っているのかなんなのか、わからない状態だ。

  途中で、竿を引き上げるのをモタモタする私の釣れたイワシをカモメが横取りしようとした。

  すると、カモメがサビキの針に引っかかった。
  カモメを釣ったのは初めてだ。

  私の竿先で、カモメが暴れる。
  そのうちに糸は切れて、カモメはよろよろと飛び去って行った。

  ここのカモメは、私がいつも行く港のカモメたちよりも、逞しく、図々しい。
  そして、すこぶる賢かった。

  都会(私からすれば)育ちのカモメだ。

  外道のウグイを誰かが釣り上げると、おこぼれに預かれることを知っているらしく、一斉に集まってきて、鳴き声を上げながら催促するのだった。


  私が釣った20匹に、おじさんがくれた10匹が加わり、初めて私の小さなクーラーボックスは満杯
になった。

  イワシは、足の早い魚だ。
  素手で触れるだけで、どんどん鮮度が下がってしまう。


  鮮度がいいイワシは、刺身が良い。
  今日はなめろうにした。

  初めて作ったが、めちゃくちゃ美味しかった。

  残りは、念願のアンチョビにする。


  ここの港の水は赤かった。
  バケツに海の水を汲むと、まだ魚を入れていないのに血が混じったような色になった。
  
  地元のおじさんたちは、口々に、今日はどうしたんだろうな。と言った。

  どうやら、水が赤くなることは、珍しいことのようだった。

  海は生きている。
  穏やかに見える日も、荒波の日も、無数の命を携えて。

  海を見ていると、地球は月を引っ張っているのではなく、月に引っ張られているのだ、と思う。

  海岸沿いを走るのが好きだ。

  釣り人が好きだ。

  この間、久しぶりに行ったユニクロにレジの人がいなくて、薄いiPadみたいな機械の前で、どうすればいいのかと右往左往していたとき、私の周りの人はそんな私に無関心だった。

  でも、港では、何も言わなくても、モタモタしているだけで、誰かが助けてくれる。

  三密とか、もう関係ねえなあ!

  ちっとも釣れなかった私の竿に手を添えて、イワシを釣るための動かし方を教えてくれたおじさんは、そう言って、豪快に笑った。