運命 | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

  親友が、脳出血で突然亡くなった同級生に自分も怖くなり、ドッグを受けまくった。

  目の奥にまだクリップできない小さな動脈瘤が見つかったことを皮切りに、レントゲンで胃にポリープがあると言われて、内視鏡検査をしたらなくて、泡でも影になることがあるらしいと言われた。

  釣りで知り合ったおじさんは、肺が半分しかない。
  検査で見つかった腫瘍が悪性だと言われて急いで切除したのだが、あとで調べてみると悪性ではなかったのだという。

  おじさんは、まあ、仕方ないね。と笑っていた。

  私の祖父は、振動病のリハビリのために毎日、通院していた。
  1日、10分ぐらい機械をかけるだけで、毎月労災保険が下りる。その額は当時の私の給料の二倍以上あった。
  症状は全然、変わらないようだったけど、これがじいちゃんの仕事なんだと言っていた。

  しかし風邪をひいたときは、病院を休んだ。
  家族に早く病院に行け!とどやされると、具合が悪いから、病院に行けないと言っていた。

  毎日、近所の公園を散歩して、オロナミンCとカップラーメンとおかゆだけを食べて、そのうちそれさえも飲み込めなくなり、誤嚥肺炎を発症して、それから三日だけで呆気なく死んだ。

  祖母は長い間、布団に寝付かれなくて、良かった。それだけがこの人のいいところだ。と言った。

  祖母は、人への不信感が強いため、外出を嫌った。息子も夫も亡くしてしまい、不安を募らせた祖母は認知症になった。

  義理の嫁も信頼できないため、毎日、自分の財産を隠してはその場所がわからなくなるたび、私にあんたのお母さんに盗られた!と叫んだ。

  自分だけでは看られなくなった母は、医師に勧められて老人介護施設に入居させることを決心したのだが、周りの親戚に嫁の自覚がないと咎められた。

  家族を一人で見送り続けた母は、私には一切泣き言を言わなかった。

  今が一番、母にとって自由な時代だと思う。
  母は、学歴も低く、地頭がいいとは言えなくて、昔はよく私は腹が立っていたが、子供たちや義理の親や父の面倒を見て、しかし、適度に放置もし、外で一生懸命働き、具合が悪かったら休み、友達とたまに出掛ける。

  もしかしたら、この母こそが、自分の器の限界をしっかりと理解し、受け入れられている人間なのかもしれないと思う。

  政治のことも、科学のことも知らないし、ニュースも新聞も読んではいるけれど、深くは考えない。

  コロナであんなにも外出するな!と騒いでいた頃でさえ、弟の義理の父親の葬儀に行かないといけないと言っていて、私は特に止めもせずにいたのだが、さすがに周りのあまりの騒ぎように断念し、ひたすら義理を欠いたことに恐縮していた。
  


  自分の身の回りだけを見ても、いろんな性格の人、いろんな経験をしている人がいるんだなあとただ思う。

  その人の大事にしているものは、その人らしさでもあるけれど、欠点になることもある。

  無意識に自分を守りたいという気持ちや自分が得をしたいという気持ちが、意図せず誰かや、自分自身でさえも傷付けてしまうことがたくさんあって、私はこの生きているという現象の正解のなさにいつも戸惑うだけだった。

  それでも私は、祖父が好きだな。
  頑固者で、自分勝手で、差別的だったけど、その部分で私は祖父にどうしようもなく愛されたから。

  具合が悪いときは、病院に行かない。
  今、思い出しても、笑える。

  それなのに、83才まで生きたんだ。
  親戚中に疎まれていたから、葬式では泣いていた人なんてほとんどいなかったんじゃないかって思う。
  私は息子が肺炎になって、入院したから行けなかった。

  死んだ姿を見せたくなかったのかな。
  きっと私だけが、号泣しただろうから。

  祖父は何度も命の危機に出くわした。
  それでも寝込むことなく、天寿を全うしたんだ。

  山で熊に何度も出くわしても、交通事故で車道に投げ出されても、チェーンソーで危うく足を切り落としそうになっても。

  おい!りりこ!
  家に帰るぞ!

  それが最後のじいちゃんの言葉だ。



今は豊富な情報が得られるので、
人は自分の意見にもっと固執するようになり、
意見はどんどん極化していく。
自分の意見を裏付ける
データばかり求めてしまう傾向は
「確証バイアス」と呼ばれている。
そして、分析能力の高い人の方が
情報を歪めやすい。
医師が「ウイルスは危険だ」と
発信する理由はこれだろう。
彼らも危険意識が強いから真剣だ。
何が正しいのかは
永久にわからないと思うが、
私の主張は10年以上前からの主張だ。
マスコミの情報にも世界の状況にも
影響されない。

ーリンク内より抜粋しました