それは、単なる偶然とは思えないような出来事だ。
物事には必ず因果関係があって、この世には証明できないことはないと信じるのが科学者ならば、宗教家は科学では証明できない部分で人の心を追究してきたものなんじゃないかと思う。
武田邦彦さんがYouTubeで、人には特定の宗教を信仰していなくても、信仰心というものがなければ、社会は成り立たないと言った。
それはわかる気がする。
人が人を殺してはいけない。ということは、社会で生きるものにとって暗黙の了解だが、人が動物でしかないのなら、人が人を殺すことを誰も裁くことができない。
動物は自分の子供を殺しても、社会に殺されることはないからだ。
ユヴァル・ノア・ハラリは言う。
人類は貨幣という虚構を信じていると。
特定の神様を信じることはなくても、社会に生きる人間はお金に価値があると信じている。
お金自体は、食べることもできないのに、その価値をみんなが信仰するから、価値が生まれるのだ。
人は知らず知らずのうちに、自分の意思では選べないものを信仰している。
三国志の時代の中国では、漢の儒教の精神が人々の心に根付いていた。
蒼天航路における曹操は、儒教の歳上の人や権威を敬う精神を徹底的に排除しているように見えた。
曹操の軍師である荀彧は、曹操が出した唯才のみを上げよ!という布告に反発する。
突出した才能を持つものであれば、どんな悪行を犯した者でも、道徳心がないものでも登用せよ。という曹操の言葉に、根底に儒教の精神を持っている中国人にそれを受け入れることはできないと言うのだ。
しかし一方で荀彧は、こうも言う。
儒者はもっと密やかでどうしようもなくしたたか、実に悲愴な生き物だと。
荀彧が布告を出せないなら、自分が出す。という曹操に荀彧は尋ねる。
今もなお、玉座に就く意思はないのか。と。
曹操は答える。
血のついた甲冑をまとう天子がいるか!?
俺は死ぬまで、詩を謳い、戦場を駆け回るのだ。
荀彧はその言葉を聞いて、涙を流す。
儒教道徳が染み付いた当時の中国で、その思想は完全に人々を支配している。
そこに抗うことは中国の長い歴史の中で異端であった。
荀彧が自分の意思では儒教の精神から逃れられないように、曹操にも、そこから自分の意思では逃れられない儒教への反発心があることを感じたからなのだと思った。
曹操は天命という言葉を口にする。
それは、自分にはどうにもならないこの世においての使命のようなものだと思う。
好きなことを追究していると、不思議とその答えを導くような人や本や出来事に出会うことがあることを最近、痛感するのだ。
精神が肉体にすっぽりと収まらない違和感にモヤモヤしたり、ふわふわしたりする部分が、そこを呼び寄せているようにも思える。
いつも何かに閉じ込められている気がして窮屈だった。
好きなことができないからとか、物事が自分の思うように運ばないのはなぜか。と思うからだけではない。
天才的な医術を持つ華佗が、その自分の医術を持ってしても、みなを救えないことが虚しいと言うと、曹操は激怒した。
虚しさを徹底的に曹操は嫌う。
当時、医師の地位が低かったものを政治の世界に引っ張りこんだのは曹操だ。
自分の元に来れば、その医術を後世に伝えることができる。
そうか。と腑に落ちる。
虚しさというものは、誰もの内側に眠る悪魔なのだ。
死を無とすると、生には意味がなくなる。
そう考えると虚しさが募るのだが、後世に伝わるものを自分が生み出して行ければ、そこに自分の生きた証はあるのだった。
人はどうしようもなく、生きている意味や自分の価値を知りだがることから逃れられない。
だからこそ、信仰が必要なのだろう。
信仰とは、誰かや何かに支配されるものではなく、自分の生きた証が自分の死んだあとに伝わることに価値を置くことかもしれない。
それは偉業や名声では決してない。
それは、ただ付随していくものだ。
選べなかった生まれ持った性質も育った環境も、培ってきた経験も、そのどれもが自分を自分たらしめるものだと受け入れ続けるために今がある。
好きなことをしていると、出会うべくして出会うものがあるんだな。
曹操、スゲーな!
三国志って、おもしろい!
何年も手に取ってなかったのに、どうして今になって読む気になったのか。
これを第六感の為せる技じゃないとしたら、なんて説明すればいいのだろう。
これをくだらなく、些細な出来事だと片付けるのならば、どうしてこんなに心は踊り、ワクワクとした気持ちになるのだろう。
曹操が時代を越えて、私に会いに来た。
今じゃなければ決してわからなかった意味を携えて。
それにしても。私はこんなことで感情を揺らして遊べるのだから、なんて低コストな女なのだろうか。
