てこの原理 | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

  ロックフィッシングのためのタックルを師匠に教えてもらって作る。

  ソイという根魚を釣りたいのだ。

  クロゾイは、身がしまっていて食べても大変美味しい魚なのだが、獰猛な気質で、釣ったときの引きもいいらしい。

  カメラを持って、自然の風景をウロウロしていると、自分の内側を彷徨っている気分になるのだが、ロッドを持っていると世界を自分の内側に取り込んでいる気分になる。

  どちらも五感を使っているに違いないのだが、視点が違うのだった。

  自分の感性の使い方が全く別の方向に作用するこの二つの作業は、私にちょうどいいバランスをもらたしていると感じる。

  ロッドは世界を奪い、カメラは世界に奪われる感覚だ。

  この二つの道具が私に知覚させるものの違いがおもしろくてたまらない。

 

  一方。
  いつも高い場所で佇むオジロワシは、自らを道具にして、実に素晴らしいバランス感覚で、自然の中に調和していると思える。

  我に支点を与えよ。されば地球をも動かさん。
 
と言ったのは、アリストテレスだ。

  彼は、中庭に幾何学の図形を描いていたそれを描き終わるまでの時間を命乞いし、その間にローマ私兵に殺されたのだという。

  てこの原理という知識を手に入れた人間は、この言葉の通りに自然に対して傲慢になっていったのだった(私の解釈では)。

  ジグヘッドにワームを取り付けながら、これから魚を騙しに行く残酷である自分を思って、神に赦しを乞う。

  ヒトは生まれながらにして、誰もが支配者になりたいものなのかもしれない。

  思い通りにならない日常に自分を苦しめ続けているのは、自分なのだった。