右肘に貼り付けたキズパワーパッドは、液体で満たされて、パンパンに膨らんでいる。
本来ならば、かさぶたが失った皮膚の代わりになるのだが、キズパワーパッドがその役目を担っているのだろう。
怪我をする少し前に、職場に手伝いに来てくれたおばさまが、アロエの鉢をくれていたことを思い出した。
火傷や怪我が早く治るし、化粧水を作ることもできるんだよ。
家で植物を育てない私は正直いらないと思ったのだが、その時だけはどうしてか、もらってしまっていた。
アロエの皮を剥いて、熱湯消毒してから、傷口を塞ぐように当てると良いとのこと。
そんなことをすっかり忘れていて、我が家のアロエはただの観葉植物と化している。
深い傷や、そのときの雑な処理のせいで、跡が残る部分が他の身体の部分にもある。
忘れられないのは、遠い昔、母親に火バサミで叩かれたときについた左膝の傷跡だ。
直径1cmほどの楕円形その跡は、皮膚がひきつれるように少しだけ盛り上がって他の部分よりも白い色をしている。
そのときの母は、家族の中でとても孤独だったという覚えがある。
若かった母親はあの頃、いろんなことで追い詰められていた。
それなのに、反抗ばかりしていた私を、叱るついでに、薪ストーブの薪をくべたあとの火バサミで、つい感情のままに叩いてしまったのだろう。
それが思いもよらずに強く当たってしまい、私の左膝からはみるみる血が噴き出してきた。
母は謝るでもなく、絆創膏を貼った。
泣いたことのない母の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
これは私の傷跡ではなかった。
母の傷だった。
私の子供達が幼い頃に、私の思い通りにならなくて手を上げようとしたときに、自然と自分のその左膝の傷跡を意識していたような気がする。
それでも二度ほど、感情に抗えず、頬をぶったことがあった。
大声で泣きわめく子供たちと一緒に自分も子供みたいに泣きわめいた。
左膝がじくじくと痛んだ気がした。
きっと母もそうだったに違いない。
人を愛することも、愛されることも、憎むことも憎まれることも、あの小さな家の中で知った。
自分の子供たちもそうだろうか。
楽しさも美しさも狡さも醜さも、彼らは私を通して知っていったのだろうか。
左膝から血が噴き出た瞬間の母の罪悪感に満ちた眼差しが、今も私を少しだけ傷つける。
大丈夫だよ。と言わないで、いつまでもあてつけのように泣きわめいていた。
だけど、あのとき。
大丈夫だよ。と言っていたら。
もっと母を傷つけていたような気がした。

