今の若い子ってさ。まず自分から動くってことを知らないのかな!」
人が入れ替わり、若い子の正職員ばかりの中で、彼女は自分ばかりが雑用に忙しいらしく、最近いつもイライラしております。
私も遠くから眺めていると職場の若い子たちは、呑気というか、ずるいというのか、自分のやりたくないことを臨時職員にやらせて、自分は違う仕事で忙しいふりをしているように見えることも確かにあります。
私の若い頃は上司がとても怖い人が多かったです。誰よりも早く出勤し、雑用を片付け、人に言われる前に動くことを要求されました。できなかったら容赦なく怒声を浴びました。そして、そのことに不満はあっても、逆らうという選択肢なんてなかったのです。
息子が中学時代の部活の後輩から、最近の練習の様子を聞いたことを話してくれました。
最近の一二年生は、敬語を使わないそうです。
息子がこの後輩は、敬語を使うのが大事だって言いたいわけじゃないと思ったんだ。と言いました。
俺も遊ぶ時は先輩に敬語を使わないけれど、部活では使ってた。それは、怖いからとか、言いなりになってるからじゃなくて、なんていうかメリハリだと思うんだよ。先輩が偉いとかいうんでもなくて、みんなが試合に勝つという同じ目標に向かって練習しているんだから、だらしないやつとか、いい加減な奴がいるとまとまらない。俺たちのときは、先輩がみんなをまとめる役目をしてくれてることに後輩は感謝もしていたんだよなあ。
そうなんだ。と思いました。
この臨時職員の人も若い子たちが動かないことに怒っているわけではなくて、感謝されていないことに腹を立てているんだと思ったんです。
私は若い子たちから、仕事を押し付けられることはありませんでした。自分ができないことは、はっきりと断ったし、できることはできるだけ協力しようと思っています。彼女たちを否定する気持ちがあればそれは隠そうとしても隠すことはできません。
はっきりと伝えてみたらいいんじゃないですか?と言ってみました。
こうしなさいとかじゃなくて、自分の仕事が多くて大変だということを伝えることも大事だと思いました。
その上で、何が必要で何が無駄なのかをお互いの共通認識として共有していく。
あいつが悪い!私は悪くない!ではなくて、お互いに気持ち良く仕事をするためにはどうすればいいか。そのためには自分こそが率先して感謝を示さなくてはならないような気がしました。
もう上司だからとか、年上だからというだけで、権威が示される時代じゃない。
人は年を追うごとに経験に付随した知識を惜しみなく、年下もしくは部下に還元しなくてはならないでしょう。
その基本はやっぱり人を尊重する気持ちが必要です。できないことを自分で認め、協力を仰ぐ謙虚さが必要でした。
ひとりひとりが大事な存在だ。
それは勝つことよりももっと大切な人の気持ちです。
怒りや虚しさを感じることは、自分の中に人に対する愛情を感じる余裕がないときなのだ。それは同時に自分を大切にできていないということでもありました。
プライドは人に負けないものを持っているということではない。
プライドって、自分は何を持たずとも自分でしかないことを理由なく認められることだ。
他人に羨ましがられる物を追い求めても、キリがないことに気付くことだ。
それがなければずっと自分は、人の価値観に振り回されて、自分で自分を苦しめることになったのです。
