ご近所物語 | 想像と創造の毎日

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自分で撮影しております。

  町内会でただ一件、集金できなかった家のおばさんが町内会費をわざわざ我が家まで届けてくれた。

  一年分を一度で支払う必要はないのだけれど、班長の集金の手間を省くために一年分を払うのは暗黙のルールとなっている。

  この班では新参者の私は、ご近所さんからあそこは全部は払ってくれないからね。寄付もしないと思うよ。と聞いていた。

  毎月の金額が設定されているのは、各家庭の経済状況により無理のないようにという町内会の配慮だし、寄付は義務ではないのだから仕方ないことだと思った。

  おばさんは二回に分けて、全額を払ってくれた。
  しかし、計算してみると少し足りないようだったから、足りないみたいです。と伝えるとおばさんは怪訝そうな顔をして、足りるでしょ!と少し声を荒らげた。

  どうやらおばさんは、掛け算が苦手だった。

  困った私は計算機を持ってきて、おばさんの前でキーを叩いた。

「ごめんね。私、頭が悪いもんだから。」

  おばさんは納得したのかしていないのか、計算機をチラッと見てからそう言って、財布の中から足りない分を出してくれた。

「私も頭なんて良くないですよ。」
と返すと、おばさんは笑って、
「頭が悪いと大変なんだよ。」
と言った。

  本当は次の班長はこのおばさんの家だった。
  だけど、出来ないと断ったことを聞いていて、近所の人達がそのことで怒っていることも知ってる。

  普段はお互いに挨拶程度で済ませられる関係でも、同じ班で誰かが亡くなったりするとお手伝いなどで顔を合わせて、近所の人達の人間関係というものは顕になった。

  このおばさんは、言葉は悪いけれどバカにされているのだと感じた。そのせいでおばさんが班長をやりたくないことも察することができた。集金で訪問した時や、金額が違いますよ。と言った時に声を荒らげた理由もわかった気がした。
  こうやって、おばさんは自分を守ってきたのだろう。

  仕事が長続きしないこともそうなのだと思う。仕事の要領も人とのコミュニケーションにおいても不器用なのだろう。

  それからおばさんは、顔を合わせると何かと話しかけてくれたり、笑顔で挨拶してくれるようになった。それを近所の人が時々、怪訝そうな顔をして見ていることがある。

  女というものはどうしてこうも、自分が受け入れられない人を排除しようとするのか。そう思いながら、きっと私もこのおばさんと仲良くすると自分も影で何かを言われるのかもしれない。と思って少し怖かった。

  私は、このおばさんが嫌いではなかった。頭が悪くてね。と笑うおばさんは正直だ。みんなが同じ能力で同じ仕事をできないのなんて当たり前だ。だから、出来る人が助ける。

  私だって、出来ないことがたくさんある。それでも常識的な範囲で計算もできるし、仕事も自分の能力の範囲でそれなりに出来ていた。
  
 だけどおばさんはきっと普通と呼ばれる範囲のことでも困り感を抱えていて、そのことが理解されないために人から排除されることが多かったのだろうなと想像できた。

  バカにされ続けると人は卑屈になる。声を荒らげることでしか、自分を守れなくなる。だけどそこに同情を顕にするのはその人のプライドを傷つけてしまうこともある。

  私とおばさんは母娘以上に年が離れているから、どっちもその距離の遠さでお互いを尊重することもできたが、おばさんと年の近い近所の人達は自分と同じ条件で比べてしまう。おばさんが出来ないことが多いことを理解しようとしないで苛立ちを募らせてバカにする行為は、ある意味自分がそのおばさんと対等であることを認めているということでもあるのかもしれないとも思う。

  私はおばさんにゆっくりまるで子供を諭すように口調を柔らかくして話した。そういう自分が少し悲しくなる。まるで自分が上から目線なような気がして戸惑う。

  色々な人がいるからこそ、この世は退屈しないでいられるのかもしれない。

  口で罵り合ったり、バカにしたり、バカにされたりしても、心の中にお互いが存在しているだけ、マシなのかもしれない。

  命の危機になるような暴力だけは排除しなくてはならないが、それ以外のことにおいては、もっと寛容でいてもいいのかもしれない。

  心の傷が身体を傷つける前に人は言葉でぶつかり合って、本当は理解し合いたいんだともがいている。

  ケンカも諍いも悪ではない。
  それを関係のない周りが増長させて、一人の人の尊厳を奪うまで追い詰めることが悪なのだろうか。

  遠くロシアのアムール川で生まれた流氷が、道東沖に流れ着くまでに風や波の力でお互いに何度もぶつかり合う。

  最初は鋭利だった角がその摩擦で徐々に丸く滑らかになった。
  丸く滑らかな断面はもう何かを傷つける角を持たない。