こないだそいつは、彼女がいるのに他の女の子のケツを追いかけ回して振られて、なのにどうして自分が振られたのか自分ではわからなくて、オレ、傷ついた!って叫んで、涙ぐんでいた。と息子は意地悪さと愛おしさが入り混じった目で笑いながら話した。
異性に恋をするなんて気持ちは理不尽そのもので、というかそれは異性への恋だけじゃなくても、同性と友人との関係だって、お互いの好意から始まるのだから、そこでお互いの気持ちにバランスが崩れるとどちらともなく距離を置いてしまうことはよくある。
その子が実践タイプなら、息子は理論タイプだ。
その子は当たって砕けるが、息子は慎重にリサーチしてタイミングを計らって実行する分、それが外れたときのショックは実践タイプよりも大きいのだ。
慎重になるということは、自分が傷つきたくない気持ちが強い、プライドの高いタイプであるから、私はコイツのそんなところが時々自分に重なって、同族嫌悪を起こす。
だから、その子のバカだな!と言われても、オレ、バカだし!って本気で笑い飛ばせちゃうような気楽さに憧れのような気持ちを抱いてしまうんだろう。
だけどその子になりたいのか?と聞かれたら、決してそんなことはなくて、どちらかというとその子を好きな自分が好き。に近い感覚でもあると思う。
しかしそれは関係が徐々に濃くなって行くほどに自分と相手の境目をなくしていくようにして、相手を意識しなくなる。それは身体的に離れても、心は離れないと確信することだ。
友情が恋愛と違うところは、それは身体が離れたときに本物になるということだと思った。
私には何があっても、私を決して嫌いにはならないと思える友人がいる。
何年も連絡を取らなくても、会えば最後にバイバイ!って手を振った続きを久しぶり!なんて挨拶もしないで、また始められる友達が私にはいる。
親友なんて言葉を使うのは、かえって小っ恥ずかしいほどだ。
相手もそう思ってるかって?
それは知らないな。
人の本当の気持ちなんて、わかるはずもないんだから、自分がそう思っていれば、それはそれで真実なのだ。
自分の気持ちを押し付けなくなったときに他人への信頼を自分の中で感じた。
人が人を裏切るんじゃない。
人は自分で自分を裏切るんだ。
