きっと私は、誰かに束縛されたいのかもしれない。
他の誰にもないものを見つけて欲しくて、私がいなくちゃ生きて行けないってぐらいに誰かにどうしようもなく必要とされたいのかもしれない。
だけど人は絶対的なふたりだけでは生きていけない。その間にも周りにも必ず誰かの介入がある。そしてそんな誰かの存在は意図せずとも人の心になんらかの波風を立てるものだ。自分の大事な誰かが外の世界で出会った人に感じてしまう心の形は私の力で変化させることはできない。
いちいちそこに嫉妬して、こっちを向いてよ!って大好きな人達みんなに言い続けるわけにもいかないから、自分で自分を慰めるしかなかった。それは他人が介入しない"好き"を追いかけることだった。私の場合はそれが写真であり、文章なのだ。
ああ。それにしてもなんて羨ましい。
こんなにも正直で、自由で、感性の鋭い文章を書けることが。
しかし、一気に全部読んだあとにそんな嫉妬心はどこかに飛んで行ってしまった。
私が嫉妬するなどおこがましい。
そして、誰かに嫉妬するほど自分のことが好きなことにおかしくなった。
綺麗事でも愚痴でも、優しさも情けなさも。
言葉のすべてが同じ価値でここにはあった。
それだけで、いいじゃないか。
エゾシカは一年で角が抜け落ちる。毎年、新しい角に生え変わるのだ。
身体の骨よりも硬くて重いんじゃないかと思う。
片方だけで2kgもある。
これって何の役に立ってるんだろう…といつもカメラを構えながら見ているのだけど、カッコよく見せるためとしか考えられない。
