ヤンキーという人種 | 想像と創造の毎日

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写真は注釈がない限り、
自分で撮影しております。

私の学生時代のヒエラルキーのトップは
おしゃれ美人でも、
頭の良い優等生でも、
もちろんアニメばっかり見てる
いわゆるオタクでもなく、
ヤンキーと呼ばれるやんちゃな
人種でした。


ヤンキーといえば、
未成年にも関わらず
タバコを吸って、お酒を飲み、
パチンコをし、
親に放置されているような
誰かの家に溜まる。
そのうちに何回か停学になって、
学校や勉強に
意味も興味も見いだせず
いつのまにか退学している。
そんなイメージが私にはあります。

だけど私はヤンキーと呼ばれる
やんちゃな方たちは
嫌いではありません。

彼らは思ったことをストレートに
口にして、
やりたくないことはやりたくないと
はっきり言います。
それが小心者の私には
最初は怖く感じるのですけど、
言葉に裏がない彼らの
素直過ぎるほどに素直な思考回路は、
時々、ホントに大事なことって
一体なんなのかってことを
私に思い出させてくれます。

気付けば、元ヤンみたいな友人が
自分から選んでる訳でもないのに
周りにいたりもします。
普通の会社員や専業主婦ではなく、
年収の低いシングルマザーが
多かったりもします。

私が一人で子供を育てられることが
すごいと思う。と言うと
彼女たちの何人かはこう言います。
私らは結局、
わがままなだけなんだよ。
うちらにしたら、旦那さんの機嫌を取って、
甲斐甲斐しくお世話をする主婦の方が
よっぽどすごいと思うわ。

いろんなことに躊躇して、
肝心な時に行動に移せない私を
彼女たちはいつも叱りつけます。

あんた、何やってんの?
自分が無理だと思うことは、
無理だってはっきり言いなさいよ!
あんたが言えないなら、
私が言ってくる!!

元ヤンだっただろう
職場の仲間やママ友。
彼女たちの
考えることよりも先に
行動にできることや、
自分のしてきたことに
1ミリも後悔をしていないような
ポジティブな生き方に
ある種の憧れさえ抱きます。

自分にとって何が大事なのかを
彼女たちは他人にどう思われるかなんて
考えもせず、思い悩むことなく
選び取って来たんだと
思いました。

めんどくせーな。と言いながら、
困っている人がいたら、
当たり前のように
助けたりもします。

お礼をしようとすると
何故かすごく怒られるか、
無視される。
は?意味がわからない。という
表情を浮かべたりして。

私ら、バカだからさ。
何かあるとまるで口癖のように
そう言うけど、
私にしたらなんだか
涙が出るぐらい美しいなと
時々思う。
本気で誰かのことを心配して、
本当に困ってる人には
なんとかしようと全力だった。
そこに損得勘定など、
少しも介入しない。

ありがとう。と言うと、
何が?いつの話??と
ウザがられる。

オタクのクラスメイトを
ヤンキーがよくからかってたけど、
あれは彼らの愛情みたいに見えた。

おしゃれ美人たちが、
男子のいないところでキモいと言って
バカにして無視する横で、
彼らはオタクの反応を
ただおもしろがっている。
純粋に興味を持ってたんだと思う。

自分の周りにいる人達、
それぞれの自己肯定の度合いと
それをどこで確かめているのかを
時々観察している。

他人が疎ましいときは、
自分のコンプレックスや不安を
転嫁している時だとやはり思う。

他人が気に入らないときは、
自分を気に入っていないのだと
つくづく思う。

それは自分にも言える。
他人が他人を悪く言うのを見て、
自分の言動と行動を振り返る
材料にしている。
そんな自分の浅はかさみたいにも
思える部分を
少しだけ嫌悪しながら。

おまえ、バカなんじゃないの?
グズグズしている私を
彼女たちは本気で不快な顔をして、
怒るから、私もまっすぐに言い返せる。
うるせーな!知ってるわ!!

ヤンキーの単純な思考が
そんなめんどくさい私を
救ってくれるのだった。

ダメな人がいるんじゃない。
ダメな時があるだけなんだろう。