息を吹き付けてつくったガラス窓のキャンバスに彼は指先で絵を描いている。輪郭は人の顔のようだけれど、それを構築する他の部品を私は顔だと認識できない。
「これ、オバケみたいな人。」
と言って、彼は私にその絵の説明をする。
「この人、目が3個あるんだよ。鼻はない。
口はすごく大きいんだよ。」
「へえ!怖いなあ。」
私がそう言うと彼は満足そうに笑った。
彼の叔母に当たるのが、私の友人だった。口は悪いけど裏表のない彼女が、彼のことを「アイツは変わってる。おかしいよ。言うことが、いちいち子どもらしくないからね。」と前に言っていたことを思い出した。
ある日、彼の先生である友人が、彼のことを好きになれないのだとこっそり私に打ち明けた。賢すぎて友達を利用することに何の違和感も持たないことや、今するべきことにいちいち理由を聞くことに腹が立ってしまうんだと。
ある活動で私は彼の園に行く。友人の先生が私に誰にも聞こえないように耳打ちをする。
「あれ、見てよ。もう、どうにもできない。」
それぞれがジャック・オー・ランタンの顔に色を塗っていて、思い思いに私にその出来栄えを自慢しに来た。
「ねえ!これ、見てよ!」
その子その子のイメージでジャック・オー・ランタンの顔が塗りつぶされている。先生が塗ったお手本そのままに丁寧にはみ出さないように塗り込める子がいたり、まったく違う色を何色も使って塗る子。または、色でなんて塗りつぶすことを考えもつかなかったように、ハートや星を書き加える子。
私がかわいいね!かっこいいね!と感想を言うのを泣き腫らした瞼で見つめる寂しそうな目が足元にあるのを見つけた。彼だった。
「どうした。何が悲しかったの?」
そう尋ねた言葉が導火線になって、彼は再び感情に火がついたようにしゃくりあげた。
いつもこの子はそうだった。怒られても怒られても、自分を曲げることなんて思いつかないみたいに大人の癪に障るような言葉を平気で口にする。なのに余計に怒りに火を注ぐみたいに言い訳をしたり、大人の言葉の揚げ足を取るのだった。
彼のジャック・オー・ランタンは、真っ黒に塗りつぶされている。その上から無理矢理、青のクレヨンで大きな目がもう一度書き加えられていた。
「今日は、目が二つなんだな。
普通じゃないか。」
と私が笑うと、彼は泣き止んで2回頷いた。
「描きたいものを描いたんでしょ?」
彼はすがるような目で私を見返した。
「泣かなくてもいいよ。
おばさんは怖くて震えたよ。
そのジャック・オー・ランタンに。」
彼の肩を叩いた私を友人の先生は呆れたように見て、ため息をついた。
彼はいつもあたりまえを不思議そうに眺めた。自分の言いなりにならない友達を時々物でも扱うようにバカにして見下した。どんなに言葉を知っていても、その時の相手の気持ちを想像するにはまだ、彼は子どもなんだと思いたい。キミが自分が褒められたいようにみんなも褒められたいんだよ。手柄を独り占めしようと巧妙に言いくるめようとする態度を咎める。
賢さは時々、彼が欲望に忠実でいることを許した。真っ直ぐに叱ると今度は隠れるようにして、それを成功させようとする。彼のその部分を嫌悪しながらも、私はそこに自分を見つけていた。
世の中は建て前と本音が折り重なってピラミッドを作っている。ひとりひとりが大切な存在なのに、それは集団のためにいるみたいなルールで時々息ができないと思うぐらいに苦しい。
彼は大人にとって都合が悪い存在なのだ。
誰かを怖がらせるために描く絵は、確かに悪趣味なのだろう。明るい色合いで誰が見ても可愛らしいジャック・オー・ランタンを描けば、彼は泣かずに済んだのだろうから。
「あのさ。お友達にはやさしくしたら、
やさしくしてもらえるんでしょ?」
いつか彼は私にそう尋ねた。
私はその質問にすぐには答えられなかったんだ。やさしくされたから、やさしくするのがあたりまえなのかな…。
そうじゃない。やさしくしたくなったら、やさしくするんだよ。
今度誰かに聞かれたら、そう答えようと思う。
